高天原異聞 ~女神の言伝~
世界が、それを拒む――荒ぶる神の言霊を、今、理解した。
須勢理比売を逃さぬ世界の理が、仄暗い呪詛となり、須勢理比売に向かう。
「須勢理!!」
須勢理比売を足止めるため、理の呪詛が両の足首を捕らえ、肉を裂き、くい込んだ。
須勢理比売の絶叫が響いた。
倒れ込む須勢理比売をさらなる呪詛が掴み上げ、縛りつける。
「己貴様、己貴様――――!!」
痛みに泣き叫び、須勢理比売は救けを求めた。
己貴は生大刀を抜き、己の持てる神威を込めて須勢理比売を縛り上げる理を斬った。
世界が震え、音無き悲鳴をあげた。
さらに己貴は生弓を構え、矢をつがえて振り絞った。
誓約《うけい》の言霊を奏上する。
「須勢理比売は渡さぬ!! これは我が妻、豊葦原を治める大己貴が妻――豊葦原の女王だ!!」
そして、持てる神威の全てと共に、矢を放った。
矢は過たず、理を射抜いた。
大地が揺れる。
天が揺れる。
気を失った須勢理比売を背負い、生大刀と生弓矢、天之詔琴を抱え、己貴は走った。
黄泉比良坂まで。
根の堅州国を出て、黄泉比良坂から豊葦原へと向かう時、己貴は一度だけ振り返った。
分かれ道には、初めて根の堅州国に足を踏み入れた時のように、荒ぶる神が立っていた。
「見事だ、大己貴。豊葦原を治めるに相応しい神気と神威であった。これからは大国主と名乗り、須勢理を嫡妻として豊葦原に住まうがいい」
己貴は涙が零れるのを止められなかった。
本当は、去りたくなかった。
根の堅州国に、須勢理比売と共に留まりたかった。
「――」
「泣くな、大国主。その生大刀と生弓矢で八十神を追い払い、豊葦原を治めろ。そなたなら出来よう」
荒ぶる神はそれだけを言い残し、根の堅州国へと消えていった。
己貴は荒ぶる神の気配が消え去るまで、その場を動けなかった。