高天原異聞 ~女神の言伝~
「死せる神の国だと……」
訝しげな建速の声音に、須勢理比売が嗤う。
「そう、すでに、この国で生きている神は私だけ。他の神は皆死の眠りに就いた」
建御名方《たけみなかた》と事代主《ことしろぬし》が無事なのは、きっと人間の憑坐の中に在るからだ。
神々は、この根の堅州国では生きられない。
そのように、理《ことわり》が働いたからだ。
唯独りの神として根の堅州国に君臨する――それが、この国の主として産まれながら、この国を捨てた自分への罰なのか。
ならば、その理ごと、変えて見せよう。
「これが罰なら、もう十分に受けた。これ以上は、耐えられぬ」
「須勢理……」
須勢理比売は、己の命をも懸けるつもりだった。
いくらこの国の女王と言えども、三柱《みはしら》の貴神《うずみこ》であり、荒ぶる神でもある父神に容易く勝てるはずもない。
生大刀《いくたち》、生弓矢《いくゆみや》、天之詔琴《あめののりごと》という神宝《かんだから》があっても、こちらの方が分が悪い。
だが、ここで引くわけにはいかないのだ。
闇の主が動くまで、時間を稼がねばならない。
天孫の日嗣の御子さえ隠してしまえば、いくら荒ぶる神とてどうすることもできまい。
さすがに黄泉国までは追っては往けぬのだから。
ようやく還ってきた我が子に豊葦原を取り戻し、ともにこの病んだ国から出て往きたい。
邪魔する者は許さない。
「父上様で在っても、許さぬ。私の邪魔はさせぬ」
須勢理比売の神気が揺らいだ。
神威が満ちる。
同時に、荒ぶる神の神気も揺らぎ、神威が満ちる。
「理よ。根の堅州国の主たる須勢理が命ずる。我の望まぬ者を留めおくことは許さぬ。疾く去らせよ」
闇が須勢理比売の背後から押し寄せる。
「理よ。我は根の堅州国に初めに足を踏み入れし祖神《おやがみ》なり。理に叛《そむ》くことなく暫し留めよ。我が望みを果たすまで」
建速の言霊が闇を押し留める。
両者の神威がぶつかり合い、拮抗する。
大気が震え、地が揺れる。
「母上!!」
「下がれ、建御名方。これは我の成すべき事」
「されど!!」
二柱の神威は同質のもの。
だからこそ、世界が悲鳴をあげる。
結界の中でも、神鳴りが耳を劈く。
それは、隔てられていた領界を打ち砕いた美しい神鳴りではなく、領界そのものをねじ曲げ、揺さぶる、断末魔の響きを含んだ凄まじい神鳴りだった。
「建速様!!」
「俺に構うな、宇受売《うずめ》、葺根《ふきね》。結界を護れ。美咲を護るのだ」
揺れる大地に亀裂が走る。
「建速様、母上様が!!」
久久能智《くくのち》の悲鳴が上がる。
振り返った建速は、意識のない美咲の胸元の勾玉が淡く光るのをとらえた。
「戻ってくるのか――久久能智、石楠《いわくす》、美咲が戻るまで持ちこたえろ!!」