高天原異聞 ~女神の言伝~
渦巻く風の中に、不意に慎也が現れた。
「美咲さん!?」
「慎也くん!!」
駆け寄って、互いを抱きしめる。
だが、それだけでは足りなかった。
唇が重なり、深くくちづける。
舌を絡めて、互いを呑み込むように求め合う。
魂同士だからなのか、触れ合うだけで歓喜が押し寄せる。
荒い息のもと、慎也がようやく唇を放す。
「美咲さん、マジやばい。これ以上すると、止められなくなる」
「止めないで。八尋殿での時みたいに、最後までして」
美咲の言葉に、慎也は再び、噛みつくようにくちづけた。
程なく、二人は一つになる。
神霊で交合う――それが、世界にどのような作用を及ぼすのかはわからなかった。
だが、今、この時、此処でなければ駄目なような気がした。
甘く揺さぶられて、堪えきれずに縋り付く。
押し寄せる激しい快楽に、押し殺せずに声が漏れる。
こんな風に、前も暗闇の中で抱き合ったような気がする。
だが、その時は、満ちた月が、瞬く星が、そよぐ風が、美しい世界が、自分達を見護っていた。
それは、命を産み出したことを寿ぐ美しい交合いだった。
今、自分達は何を産み出そうとしているのか。
生か。
死か。
遠くから、美しい神鳴りが聞こえる。
世界を震わす、弔いの鐘のように、寄せては返し、鳴り響く。
何かが終わる。
新たな何かを産み出すために。
その痛みに、喪失に、美咲は登りつめると同時に泣いた。
恋しい人に抱かれているのに、その喜びに終わりが来たことを哀しんだ。
全てが終わり、八尋殿での時のように、美しい神鳴りが鳴り響いた。
だが、あの時のように動けなくなることはなく、ただ鳴り響く神鳴りに、美咲は自分の視ている夢の終わりを悟った。
「神鳴りがする――」
自分を抱きしめて放さない慎也が、ぽつりと呟いた。
「夢の終わりよ。もうすぐ、根の堅州国が消え去る。これは、伊邪那美の視ている夢だから」
「伊邪那美の夢――?」
「ええ。伊邪那岐を恋う伊邪那美の夢。だから、須勢理比売は、あんなにも豊葦原に還りたいと願うのよ。伊邪那美の意志を受け継ぐ根の堅州国の女王が、豊葦原を恋うるのは当たり前のことなの。それが、伊邪那美の願いだから」
哀れな須勢理比売。
自分のものではない妄執とも言える郷愁によって、全てを失った。
彼女を――微睡む神々を、解き放たなくてはならない。
美咲は少しだけ身体を離して、慎也の頬を両手で引き寄せくちづけた。
驚いたように目を見張る慎也が愛おしかった。
「慎也くん、もうすぐ、逢えるわ。もう少しだけ待ってて」
「眠り姫みたいに待ってる。今みたいに美咲さんからキスしてくれたら、すぐに目を覚ますよ」
慎也が嬉しそうに笑う。
美咲も、笑い返した。
「――わかった」
慎也の姿が風にかき消されるように消えた。
同時に、美咲の意識も、風に攫われるようにその場から連れ去られた。