高天原異聞 ~女神の言伝~

 黄泉路を降ると言っても、それはひたすら平らな路だった。
 一行は黙って歩き続ける。

 どれほどの時が過ぎたのか。

 不意に先導する宇受売が立ち止まる。

「どうした、宇受売」

「葺根様、光が――」

 路の向こうを指し示す宇受売。
 そこに目を向けると、確かに小さな光が見える。
 それは背後の神々にも見えた。
 光は揺れながら徐々に大きくなってくる。
 そして、大きくなるにつれ、それは神の姿を形取った。
 建速が美咲の身体を自分の傍らに引き寄せる。
 久久能智と石楠が慎也の身体を護る。

 黄泉路にあって、光り輝く神が近づいてくる。

「誰だ!?」

 宇受売が問う。
 背後には葺根がついた。
 輝く神が立ち止まる。

「我は黄泉路の道往神《みちゆきがみ》。死者の魂を黄泉国へ導く神なり」

 くぐもった声が答える。
 光が淡くなり、消え去ると、杖を手にしたその姿が顕れる。
 屈強な体躯を持ったその姿は、手足が長く、均整がとれていた。
 しかし、その容は恐ろしい面で隠されていた。
 血のように紅く塗られたその面は、目は見開き、つり上がっている。
 口は耳元まで開き、何か悪しき言霊を叫んでいるようにも見えた。

「只の人間ではないな――その神気は。神が黄泉路を降るなど、絶えて久しいというのに。生神《いきがみ》が何故黄泉路を降る? 死神《ししん》でもあるまいに」

 面をつけて話すからか、響きのよい声はくぐもってしか聞こえない。

「黄泉国に攫われた祖神様の神霊を取り戻すために、我々は黄泉路を降らねばならぬ」

 宇受売の両手にはいつの間にか剣が握られていた。
 邪魔をするなら、この神も倒さねばならない――そう決意していた。
 だが、宇受売の剣を見ても、道往神は動じることも、臆することもなかった。

「そうか。では案内致そう。ついてこい」

 肩を竦め、踵を返して歩き出す神に、葺根が拍子抜けしたように宇受売に話しかける。

「宇受売、あれは黄泉神《よもつかみ》か?」

「そのようだが、あれは……」

 宇受売が記憶を辿るように遠い目をする。
 記憶の中の、大切なものと重ね合わせるように。

「宇受売?」

「葺根様。皆様方と一緒に、離れてついておいでなさいませ。私は、あの者と話さねばならぬことがあるのです」

 ふらりと、宇受売は先を往く道往神のその背を追う。

「宇受売、おい!?」

「いいのだ、葺根」

 背後からかかる声。

「建速様?」

「あれは、きっと宇受売が高天原に還らずに捜し続けた者。黄泉に着くまではそっとしておけ」

「――は……。建速様がそう仰るならば」


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