高天原異聞 ~女神の言伝~
日狭女の気配が消えると、闇の主は膝をついた。
白磁のような美しい容は、今は憂いを帯びたように青ざめていた。
生神の内に入り込むことで、神威を使いすぎたのだ。
その前に、月神に闇の神威を与えたことも、原因だろう。
それでも、闇の主はさらなる神威を使い、闇の異界を開いた。
闇の異界――闇の主だけが作り出せる暗闇の檻。
そこに、闇の主は捕らえた神霊と比売神を置き去る。
黄泉国の門の内へは入れられぬが、ここならば自分が許した者以外は入り込めない。
「いるか?」
暗闇に気配を探してそっと問いかける。
暗闇とは違う、その神気は絶えず揺らめいていた。
「そなたの敵《かたき》を連れてきたぞ」
ゆらりと、それ、は応えるように揺らめいた。
現身《うつしみ》を持たぬその神は、神気だけを纏わせて、ただ、そこに在る。
「伊邪那岐《いざなぎ》が目が覚めたら、神去らぬ程度に苦しめてやるがいい。誰よりもそなたに、その資格がある」
喜ぶように、揺らめきが大きくなる。
この神ならば、決して神霊を逃しはすまい。
きっと、伊邪那岐を一番に憎んでいる神だ。
「私の代わりに、ここを任せる」
そう言い置いて、闇の主は姿を消した。
後には、姿なき揺らめきだけが囚われた神々を取り囲んだ。