高天原異聞 ~女神の言伝~
6 巡り逢う神々
――御子様、どちらにおわします?
宇受売《うずめ》は、館の外を捜し回る。
嫡妻《むかひめ》様を喪ってからの日嗣の御子は、死神《ししん》のように虚ろだった。
誤解により、嫡妻を追い出して、その後すぐ、神去られたと聞き、慌てて往ってみれば、禍つ霊の呪いをかけられ、還ってきた。
それから、日嗣の御子はこの館を出て、豊葦原を彷徨うようになった。
まるで、嫡妻の姿を捜し回るかのように。
ついこの間も、ふらりと出て行って、三日三晩戻らなかった。
戻った時は、さらに窶れ、絶望に満ちた眼差しが痛々しかった。
このようにいなくなるのは、黄泉返る比売神を見逃すまいとしているのか。
だが、すぐには戻って来るまい。
黄泉の国は安息の国。
死神も御霊を癒し、死の苦しみを和らげなければ。
黄泉返るのはそれからとなろう。
待ちきれぬ御子の気持ちは痛いほどにわかる。
自分も、夫を喪ったから。
待っていると言った神田比古は、海神によって殺された。
国津神でありながら、天津神に降った神田比古の行為は、裏切りと見なされたのだ。
自分のもとには、知らせだけ。
別れさえ、言えなかった。
じわりと滲んだ視界の先に、日嗣の御子をとらえる。
――御子様!!
虚ろな眼差しが、宇受売を見つけ、
――宇受売か……
よろめくようにこちらに向かってくる。
腕を支えて、館へと連れ戻し、褥に入れる。
抗うことなく大人しくされるがままの日嗣の御子に、ようやく、肩の力が抜けた。
今日は、何故か絶望を湛えた眼差しはなりを潜めている。
今なら、この言霊も届くかも知れない。
横たわる日嗣の御子に宇受売は静かに問いかける。
――何処へ往かれていたのですか? もう、供もつけずに出歩くのはおやめください。
――笠沙の岬に往ってきたのだ。そこで、初めて咲耶と出逢った。一目で心を奪われた、美しい比売だった……
うっとりと、夢見るように御子は想い出を語る。
心が、壊れかけていた。
愛しい妻を死に追いやってしまったせいで。
宇受売の瞳から、涙が零れる。
あんなにも幸せそうに見えた御子の、今の姿を見るのは辛い。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
天津神と国津神の恋は、幸福にはなれない定めなのか。
だから、自分達は、対の命を喪ってしまったのか。
禍つ霊となった姉比売――木之花知流比売《このはなちるひめ》の禍つ言霊が、日嗣の御子にかけられた。
呪いが、日嗣の御子を蝕み、御子自身もそれを受け入れている。
妻の不義を疑い、死に追いやった自分には相応しい末路とばかりに。
――御子様、お心を強くお持ちください。貴方様は天孫の日嗣で在らせられます。禍つ霊の言霊など、天津神の御治《おち》の前には意味を成さぬのです。我々天津神には、無限の時がございます。嫡妻様を待つのです。きっと黄泉返って来られましょう。
――黄泉返りを……宇受売は、待つのか?
――私は、待ちます。神田比古はきっと黄泉返って来ます。誓ったのです、必ず、戻ると。そして、待っていると。
――宇受売らしい。そなたは、確かに待てる。
日嗣の御子は、儚く咲った。
――だが、私は、待てない。
――御子様?
空を見据える眼差しは、何かを決めてしまったようだった。
――待てないから、追いかける。
そう言って咲って目を閉じた日嗣の御子は、それから間もなく神去った。
残された三柱の御子の内、火遠理命《ほおりのみこと》が跡を継ぎ、確かに天孫の血は続いた。
しかし、日嗣の御子が禍つ霊の言霊を受け入れ、儚く神去ったように、日嗣の御子の末もまた、儚く神去る定めとなった。
宇受売は、日嗣の御子が神去った後、火遠理命が豊葦原に君臨したのを見届け、去った。
自分が愛した神々が、黄泉返ることを信じて――