高天原異聞 ~女神の言伝~
喚んでいる気配がして、喚ばれるままに此処に来た。
夜の領域から、跳んだ先は、黄泉国。
根の堅州国同様、在るものの姿を隠さぬ闇。
その闇に、抱かれるように眠っているのはかつての友。
力尽きて倒れ込んだように、両腕を投げ出している。
美しい容は、今は青ざめているように見える。
幻のようにも見えるのに、足を踏み出せば裸足の裏にひんやりと滑らかな感触がした。
本来ならば、来られるはずもない場所。
有り得ぬ現象は、闇の神威を、神気をこの身に取り込んだせいか。
暗闇は、自分に良く馴染んだ。
闇を司る陰の神気が心地よい。
静謐と静寂に包まれた、あの場所にいるようだ。
此処に在るだけで、癒されているような心地さえする。
薄絹の夜着を纏うその肉体は、濃すぎる陰の気に反応してか、女体となっている。
手を伸ばせば触れるほどに近づいて、その周囲を取り囲む命ある闇――九十九神に気づく。
――貴女様ハ……
戸惑う気配を見せる九十九神に、見るものを惑わせるほどの美しい女神がそっと微笑む。
細く白い人差し指が唇に当てられ、九十九神のそれ以上の問いを静かに封じた。
「そなたらの主様はお疲れだ。ここは私がお護りする故安心致せ。主様が目覚めるまで離れていろ。眠りを妨げてはならぬ」
高すぎもせず、かといって低すぎもせぬ澄んだ声音が美しく響く。
その言霊の響きに、九十九神は歓喜を感じてうち震える。
逆らうことなく九十九神はその場を去った。
それを確かめ、神威を使って結界を創り出す。
この結界が解けるまでは、外のことはわからぬはず。
眠り込む闇の主を、神威を使ってさらなる深い眠りへと誘う。
闇の主の神威は、黄泉国に在って、初めて大いなる力を現象する。
だが、今その身に宿る神威は驚くほどに僅かだった。
だからこそ、自分が此処へ来たことにも、こんなに近くにいることもわからない。
闇の神気を与えただけで、ここまで弱るはずもない。
母なる女神を得るために父なる男神の神霊を捕らえ、此処に連れてくるまでに、そうとうの無理をしたのだろう。
それほどに、太古の女神が欲しいのか。
胸の痛みに、美しい容が僅かに歪む。