高天原異聞 ~女神の言伝~
「う……」
自分の呻き声で微睡みから目覚める。
自分の下に変わらずいる温かな身体は、穏やかな寝息とともに再び微睡みについたようだ。
身を繋げたまま、暫し気怠い余韻に浸る。
気を失うまで続けられた交合いで癒された身体は温かく、神気も安定していた。
闇の神気も神威も程なく満ちるだろう。
そしてまた、目覚めれば母神を求める。
静かに、身体を離す。
交合いの余韻は深く、満ち足りているのに、どこか虚しかった。
それはきっと、これが幻のように儚い夢だからなのだろう。
全ての痕跡を神威で消し去り、結界を解く。
「九十九神、いるか」
密やかな問いかけに、闇が蠢き、応える。
――御前ニ
「主様はもうすぐ目を覚ます。私が来たことを、主様には告げてはならぬ。目覚めて問われたら、独りで眠っていたと告げろ」
――何故デスカ
――御方様ノオカゲデ主ハ癒エマシタノニ
――モウコチラニオ出デニハナラヌノデスカ
「来られぬ。そなたらの主が、それを望まぬ故」
所詮自分は、誰かの身代わりにしかなれぬ。
太陽にもなれず、女にもなれず、誰かの対の命にもなれず。
それが、今は一層胸に痛い。
美しい瞳から、ほろりと涙が頬を伝う。
それを指先で拭い、闇に差し出す。
「受け取れ。そなたらの神威となる」
九十九神がおずおずと細い指先を包み込み、変若水を取り込む。
同時に闇が、歓喜にうち震える。
――何と……
一滴で、神威が満ちる。
九十九神全てが満たされる。
これが、変若水の神威。
闇が蠢き喜びを表す。
――御方様。主様同様に、お仕え致します
――いついかなる時も、お喚びください
「そのようなことを言うてはならぬ。我は主様の敵である天津神。そなた達は変わらず、主様をお護りするのだ」
寂しげにそう告げ、するりと、女神は闇の狭間に消えてしまった。
後に残るは眠り続ける闇の主と九十九神のみ。
――ああ、何と麗しい御方だ
――あの方こそ、主の傍らに相応しい
名残も残さず消えてしまった美しい女神を、九十九神は惜しんだ。