高天原異聞 ~女神の言伝~
「誤解が解けたようだな」
宇受売の傍らの神田比古が咲った。
「ああ、そのような些細な誤解で、お二方が神去らねばならなかったとは……お労しいことだ」
「だが、こうして誤解も解け、全ては正された。見ろ、あの幸せそうな日嗣の御子を。よかったではないか」
楽天的な神田比古に、宇受売は息をつく。
「そなたは相変わらずだな」
「俺は変わらんよ。そなたもな。相も変わらず難しく考えすぎる」
「誰のせいだと――!」
思わず荒げた声音に、はっと宇受売はそれ以上の言霊をなくす。
神田比古は、じっとそれを見つめていた。
「俺のせいか? 後悔しているのか? 俺の妻問いを受けたことを。誓約など、しなければよかったと――」
「――そういうそなたはどうなのだ。幸せだったと言いながら、私の処に戻ってくることを拒んだのはそなたではないか。天へ還ると思っただと? もしも神去ったのが私なら、そなたは諦めて別の女神を求めたのか? ならば、そなたは私の愛も己の愛もみくびっていたのだ。御子様のように、地の果て、闇の底まで追いかけてくるほどの気持ちがないのなら、何故私に妻問いしたのだ!?」
「宇受売……」
宇受売は言いながらも、何故このような言霊を向けてしまうのか苛立っていた。
こんな再会を望んでいたのではない。
あの日の誓いに何の意味もなかったら、自分は今ここにいなかった。
伝わらない想いにこれ以上何を語るべきなのかわからない。
「宇受売」
頬に触れる神田比古の手から逃れようと顔を背ける。
「触れるな……」
「無理だ。そなたを前に、俺が触れずにいられたことなどあったか? 片時も離れたくはなかった。いつも、そなたを見て、触れていたかった。そなたとて俺をみくびっている。俺がどんな想いで黄泉返ることを諦めたのか、そなたにはわかるまいよ。我々は、きっと自分の想いに囚われすぎて、互いの心など見ていなかったのだろう」
両手で頬を引き寄せられて、宇受売は睨みつけるようにかつての夫を見上げる。
その瞳から、涙が零れた。
「苦しめるつもりなどなかった。だが、ずっと苦しめていたのだな……すまなかった」
「そうだ、そなたのせいで、私はずっと苦しかったのだ。ずっと、ずっとだ――」
神田比古が頬の涙を拭い、優しく宇受売を抱きしめる。
「ああ。全て俺が悪い。泣くな、宇受売」
懐かしい感触に、宇受売は神田比古にしがみついて泣き続けた。
ようやく、戻ってきたと。