高天原異聞 ~女神の言伝~

 これは、荒ぶる神の神威ではなかった。
 彼は、もともと大海原の神であり、嵐の神であり、水と風と土を支配する。
 だが、火を操ることはできない。
 それは、火だけが特別であるからだ。
 現象しながら現身《うつしみ》を持たず、故に存在しながらも誰からも触れられることもない。

 産まれながらに呪われた、母神殺しの神。
 そして、父神に殺された最初で最後の神。

 それが、流された血の如く赤く輝く火神――火之迦具土《ほのかぐつち》。

 炎が荒ぶる神の持つ剣を取り巻き、歓喜の声をあげるかのように剣が澄んだ音を大気に響かせた。
 まるで剣自体が燃えているかのように真紅の炎が剣を彩る。
 歓喜に震えるように、剣の神威が揺らぎ、満ちる。

――それで、比売神をお斬りなさいませ。

 そう告げたのは、剣か。
 それとも、炎か。

 荒ぶる神が、炎の剣を構える。
 流れるように刃先が弧を描く。
 そして。

 一閃した。

 剣から放たれた神威は、真紅から蒼へ、そして白く輝きながら比売神を斬った。

「お姉様!!」

 だが、比売神からは、荒ぶる神のように血は流れなかった。
 炎の剣の神威は、比売神の禍つ霊を斬ったのだ。
 禍つ霊が苦痛に揺らめく。
 姉比売の狂気に満ちた眼差しに、僅かに正気が宿る。
 追い打つように炎が比売神を包み込む。
 禍つ霊を浄化する美しい白い炎が、禍つ御霊に苦痛を与え、絶叫が大気を震わせた。














< 274 / 399 >

この作品をシェア

pagetop