高天原異聞 ~女神の言伝~

 朝、目が覚めたら世界が変わっていた。
 感覚が、全く別のものを感じるようになっていた。

 視力が急激に上がったかのように見るもの全てが鮮やかに見える。
 聴力が急激に上がったかのように聞こえるもの全てが美しく響く。

 そして、何より。
 神の気配を、そこここに感じるようになった。
 憑坐がいなくとも、風が、水が、木々が、あらゆる命に宿るあらゆる神が、傍にいるのを感じる。
 ふとした拍子に感じる、温かな視線。
 振り返っても、そこには何も、ない。
 誰も、いない。
 以前だったら気のせいだと思いこむ、その僅かな感覚が、今は確信を持って感じられる。

 そこに、神々がいる。

 護られているのがわかり、美咲は心から安堵した。
 晴れた朝の空、夕暮れの帰り道、星の瞬く夜に、ふと眺めやる風景にさえ、泣きたくなる。
 ふとした風に、そよぐ木々の葉に、流れる雲に、靡く草花に、木漏れ日に、梢の影に、雨の音に、川のせせらぎに、今までに感じなかった神を感じる。

 世界は美しい。
 人工ではない、命が創る世界は、神が宿る世界は、紛れもなく美しい。

 それだけで、わけもわからぬ郷愁が押し寄せる。

 此処に、この空の下に、還ってきたかった。
 ずっと。
 ずっと。
 この込み上げる想いを、抑える術がわからない。

 見つめていたい。
 飽くことなく。
 時を止めて。
 何も変えずに。
 ただ、そのままに。

 染み入るように、そう思う。
 気づいてしまったら、もう戻れない。

 ここ以外の何処に、還りたいと願えるだろう。

 溢れる愛しさ。
 幸せな涙が零れる。

 想いに応えて、光の雨が降る――





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