高天原異聞 ~女神の言伝~
その柔らかな感触に、身体が震える。
開いていた唇から、舌が中に入り込む。
舌と舌が絡み合って、乱れた息が漏れる。
口内の粘膜を優しく探られる心地よさに、美咲は抵抗できずに慎也を受け入れるしかなかった。
従順になった美咲に、さらに慎也はキスを深める。
背中を支えていた手が優しく動いて背筋を撫で上げると、身体の震えがさらに大きくなる。
「……っ、んっ……」
静まりかえった書庫の中に、口内を探る淫らな水音と、乱れた息遣い、時折漏れる声。
恥ずかしいのに拒めない。
触覚も鋭敏になっているのか、慎也に触れられるとどこも痺れるように疼く。
スカートの裾から腿を撫で上げる感触に、身体が大きく震えて、我に返る。
キスだけでも抗えないのに、これ以上触れられたら駄目だ――そう思った。
「……駄目……お願い……」
顔を背けて、その手を掴む。
「――残念。美咲さんすごく気持ちよさそうだから流されてくれると思ったのに」
それ以上無理強いはせず、慎也は少しだけ美咲から身体を離した。
それでも、美咲の背に回った腕は離れない。
「早く帰って続きしよう」
まだ息の整わない美咲の頬に唇で触れながら囁く。
熱くなった身体に、さらに血がのぼる。
「もうっ、信じられない……!!」
上目遣いに睨んでも、慎也はちっとも反省した風もない。
「美咲さんがそんな顔するから」
「こっちが悪いみたいに言わな――っ!!」
叫んでから、きらきらと降りしきる光の雨が視界に入った。
慎也には見えないらしいこの光の雨は、いつから降っていたのか。
そこで、はっと気づく。
相手は神なのだ。
隠れていたって何をしているかなどお見通しなのではと思い至る。
その証拠に、今も言祝ぎの印である光の雨がやまずに降ってくる。
美咲は慌てて慎也を押し退け、自分も落ちないぎりぎりまで離れる。
「美咲さん?」
訝しげに自分を見やる慎也に、美咲は、それ以上の接近を許さないように両手を伸ばして遮る。
「みんながいる館内では接触禁止!」
「なんで!?」
「恥ずかしいから!!」
「誰もいないよ!」
「いなくても気づかれてるもの!!」
「そうだな。気づいているだろうな」
低く優しく響く声に、美咲が振り返り、慎也が視線を向ける。
「建速!!」
「迎えに来た。顔を見せてやれ。これでも国津神達は我慢しているんだ。本当なら、家にまで押しかけたいところを図書館限定にしているらしい」
羞恥で顔が赤くなる。
慌てて服装をチェックし、立ち上がる。
建速に駆け寄ると、大きな手が伸びてきて、少し乱れていた髪を整えてくれた。
「これでいい」
咲う建速にはからかいの表情など微塵もないが、美咲のほうがいたたまれない。
「あ、ありがとう。早く戻りましょう」
美咲に先を譲り、建速はその後に従う。
そのすぐ後ろで、慎也が歩きながら不機嫌そうに呟いた。
「何が図書館限定だよ。行きも帰りもついてきてるだろ。知ってるんだぞ」
「姿は見せていないだろう。そのくらいは譲歩してやれ」
書庫の扉が建速の神威で開く。
子供をいなすような建速の扱いと、待ちかまえていた神々の視線に、美咲の羞恥はますます募り、慎也の苛々はピークに達したようだ。
「俺がいる時は、ここに来るな。てか、国津神全員、俺と美咲さんの半径百メートル以内に近づくな」
「どうしてですか、父上様?」
「邪魔だからだ」
「お邪魔なぞ致しません。我らは、お二方が一緒にいるのを見ていたいだけなのです」
「それが嫌だって言ってるんだ。空気読めよ。普通恋人同士がいたら、あからさまに見ないのが常識だ」
「ですが、神代では、我らがどれほど近くにいたとしても気にしておられませんでした」
「そんな記憶もないし、あんたらいるとかえって気になる。てか、美咲さんが気にする」
「どうぞ我らのことはお気になさらず。見ぬふりをします」
「ふりってことは結局見てるんだろ!?」
「見ていたいですから」
堂々とした返答には、さすがの慎也も頭を抱える。
「神様って奴には恥じらいってものはないのか――」
「? 父上様、何を恥じらえばよろしいのですか?」
とことんかみ合わない会話に、美咲は建速とともに苦笑する。
慎也は嫌がっているが、美咲はそんなに嫌ではなかった。
鷹揚で大らかな神々の振る舞いが、どこか懐かしくも新鮮だった。
穏やかな日々。
愛しい日々。
そのありふれた日々全てが愛おしくて堪らなかった。
この時が、永遠に続けばいい――そう思った。