高天原異聞 ~女神の言伝~
5 正しい神威の使い道
夢のような一夜をともに過ごした朝。
目を覚ますと、愛しげに自分を見つめる眼差し。
身を起こし、居ずまいを正す。
――瓊瓊杵《ににぎ》様……
――もうすぐ夜明けだ。すぐに立たねばならぬのが惜しい。
夫となった麗しい男神がそう言って自分に微笑む。
愛しさに、胸が痛む。
これからしばらく離れるのだと思うと、もう恋しいとさえ思う。
――豊葦原を制定したら、迎えをよこす。それまで、待っていてくれるか?
――はい。お待ち致します。私のことをお忘れにならないでくださいませ。
恥じらうように告げると、愛しさを隠さずに抱きしめられる。
――忘れることなど、できようはずがない。ああ、できることなら連れて往きたい。
――私も、ついて往きたく思います。ですが、足手まといになることはできませぬ。大業が恙なく成されましたなら、迎えに来てくださいませ。姉とともにお待ちしております。
――そなた達は本当に仲がよいのだな。大山津見《おおやまつみ》殿に妻問いした際に、姉比売にともにと名乗り出られた時は正直驚いた。姉比売は私をまるで敵を見るような眼差しで睨みつけていたからな。申し訳ないが、姉比売には、天津神の中から良い男神を見つけてやろう。
最後の言霊に、驚く。
内密ではあるが、姉には、すでに夫がいるのだ。
――いいえ、なりませぬ!!
――咲耶《さくや》?
――あれは、私を心配した姉が私のために申したのです。常々、私の相手は自分が見つけてやると申しておりましたから。姉には、まだ嫁ぐ気はありませぬ故、そっとしておいてくださいませ。
――では、私は姉比売に、そなたを娶るに相応しいかどうか試されたと言うことか?
――も、申し訳ございません。姉は――
――よい、怒っているのではないのだ。姉比売が心配なのもわかる。こんなに愛しいそなたを何処の誰ともわからぬ男にくれてやるなど。
――まあ。天孫の日嗣の御子様が、ご自分のことをそのように仰るなんて。
――そなたの姉比売は、私が天孫の日嗣だから、許したのではないよ、咲耶。姿形がどれほど似通っていようとも、私が欲しいのはそなただけだとわかったから、許してくれたのだ。
――瓊瓊杵様……
――初めて誰かをこのように愛しいと思ったのだ。そなただけだ、咲耶……
頬を引き寄せられて、くちづけられる。
くちづけだけで、身体が熱くなる。
徐々に深くなるくちづけに、昨夜の心地よさを思い出す。
――瓊瓊杵様……もう、お支度を……
――まだ早い。もう少し、このまま――
そのまま褥に押し倒される。
夜着の合わせを捲られて、指が内股の奥を探るとあられもない声が漏れる。
襞の奥に造作なく入り込む指が、昨夜の交合いの名残を知らしめる。
――これなら、すぐ入る。
耳元で囁かれて羞恥に身を染める。
言霊通り、抗う間もなく奥まで穿たれた。
――ああっ!!
昨夜ほどではないにせよ、貫かれる圧迫感に身体が仰け反る。
だが、迎え入れればそれは徐々に甘く疼く。
優しく揺さぶられると押し殺せない声が漏れる。
手で口を押さえて必死で耐えるが、その手を褥に押しつけられて、代わりに唇が唇で塞がれる。
同時に律動が激しくなる。
一際強く突き入れられ、あまりの快楽に身体が何度も痙攣し、悲鳴を上げたかった。
実際、上げたかも知れない。
だが、その悲鳴も塞がれた唇に、口腔内を蹂躙する舌に、呑み込まれた。
――愛しき我が妻よ、すぐに迎えに来る。それまで、この一夜を、私を、忘れないでくれ。
激しい交合いの後、囁かれる言霊。
優しげであるのに容赦なく、傲岸でもあるのに慈悲深い。
惹かれ、引き寄せられ、抗うこともできない。
天津神とは、皆このようであるのだろうか。
否――こんなにも心震わせるのは、この方だけ。
――忘れることなど、できましょうか。一日も早いお召しを待っております。
だから、まだおさまりきらぬ震えを余所に、その首筋に縋り付く。
抱きしめ返してくれる腕はどこまでも揺るぎない。
それは、天神地祇が永久に一つになる結びつきであった。