高天原異聞 ~女神の言伝~

6 密やかな幻想


 美咲と慎也がパーク内に入ったのは、ほとんど開館と同時だったので、アトラクションはそう混んでいなかった。一番人気のジェットコースターに並んで、待っている間にマップを確認して、次のアトラクションを決める。
 平日の午前中は、こんなものなのか、それとも建速達の特別な計らいなのか、待ち時間も少なく、あっという間に時間は過ぎていく。
 学生時代にも友人達と来たことはあるが、慎也とのデートは新鮮で、全くその時の楽しさとは違っていた。
 何を見ても、何をしても、楽しかった。
 アトラクションが終わった後、互いの感想を言い合うのも面白い。
 合間合間の移動では、必ず指を絡めて手を繋ぐのも嬉しい。
 ショップのウインドウの売り物をひやかすのも楽しい。
 他愛ない会話なのに、初めてのデートのせいか浮かれまくっている自分に内心自重するほどだ。
 ふと顔を上げれば、そんな自分を慎也が見つめている。

「どうしたの?」

「美咲さんを見てる」

「どうして?」

「可愛いから」

 臆面もなく言われて、頬に血がのぼる。

「……どうして、人前でそういうこと言えるかな……」

「誰がいても関係ないよ。美咲さんは、いつでも、どこでも、可愛い。こんな可愛い美咲さんが俺のものでいてくれて嬉しい」

 繋いだ手を持ち上げて、慎也は美咲の指先にキスをする。

「こらっ!!」

「大丈夫、誰も見てないよ。大体、俺、制服じゃないから美咲さんと並んでても誰も変に思わないし」

「あ……」

 そうだ。今日の慎也は私服だ。
 図書館では常に制服だから、否応なく年の差を意識するが、外ならば誰も年齢がわからない。
 加えて、長身で大人びた雰囲気の慎也は、ぱっと見大学生でも通用するだろう。
 自分も、仕事ではないからかっちりした服ではなく、カジュアルなものを意識して選んだ。
 自分達が並んで歩いていてもおかしくはないはずだった。
 楽しそうに笑う慎也に、美咲はもう一度周囲を見るが、確かに、好奇の目を向けている者は誰もいない。
 ほっとするが、今日は特別なのだ。
 この調子でいつもこんなことをされたら、美咲の神経が保たない。

「今日、ここでだけよ」

「卒業するまでは、ね。了解。もうすぐお昼だから、何か食べようよ。店がいい? それとも外にする?」

 いろいろ追求したい答えであったが、話題をそらされたので、美咲も諦める。
 国津神達のおかげで、外はそれほど暑くない。
 ならばと、外にしてみた。
 フードコートとなった一角に行ってみると、様々なファストフードや屋台が賑わっている。
 パラソル付のテーブルと椅子がほどよい間隔で設置されていて、そこで買ったものを食べられるようになっているのだ。
 慎也は美咲の食べたいものを確認すると、先にあいているテーブルに向かい、美咲を座らせる。

「ここで待ってて。すぐ戻るよ」

「自分の分は、自分で――」

「ダメ。デートなのに。俺がとってきてあげる。離れるのやだけど、今日は国津神達が見てるはずだから、変な虫は寄ってこないでしょ」

 そういって、慎也はテーブルから離れる。
 甲斐甲斐しい慎也に、美咲は嬉しくもあるが複雑な心境だ。
 普段は甘えたな慎也だが、こういうところはさっと動いてくれる。
 年上の自分が、全部お任せというのはどうかとも思うが、こういうことは任せるべきなのだろうかと疑問も浮かぶ。
 勿論、慎也はそんな美咲の気持ちなど気にしないのだろう。
 国津神達のように、美咲のために何かすることを喜んでいるのだから。
 異性と付き合ったことのない美咲には、年下なのに年下に見えない慎也との付き合いは、少々ハードルが高すぎる。
 慎也は自分のことには無頓着だから気づいていないかも知れないが、十分格好いいのだ。
 その上、背も高いし、頭もいい。
 これで女子の扱いが上手いなら、文句のつけようがない。
 山中だって言っていた。
 何にも目をくれないが、密かにファンクラブもあるのだとか。
 興味のないものはほとんど無視状態だから、話しかけられなくとも憧れる女子は多いだろう。
 そんな彼が、自分にはべた甘なのは嬉しいけれど、あからさますぎて素直に喜べない。
 懐かない猫のようだと言うが、美咲にしてみればひたすら飼い主にまとわりつく忠犬である。

「どうして、同い年に生まれなかったのかしら……」

 いつも思うそれを、また口にしてしてしまう。
 もう四年、どちらかが早いか遅いかで、こんな葛藤を抱えずにいられたのに。
 それとも、自分が引いてしまうから、慎也もあのように甘えてくるのだろうか。
 それも違うような気がする。
 どちらにせよ、一途な想いを自分も困っていながら嬉しく思っているのだから仕方がない。
 今まで生きてきた中で、こんな想いは初めてだった。
 慎也を見ると、いつでも胸がときめいて、嬉しいのに切なくなる。
 いつだって、傍にいて、声を聞いていたい。
 そんな気持ちでいることを、慎也はわかっているのだろうか。
 その繋がりが、刹那的なものなら、今もこんなふうに胸が苦しいほどに愛おしく想わないだろう。

 記憶がなくても、互いを愛しく思うのは、魂が、憶えているからなのだ。

 全て思い出せなくても、きっと、何度でも好きになる。
 きっと、巡り逢えば何度でも恋に落ちる。

 それほどに、恋い焦がれるのは、いつでもただ一人だけ――

 不意に、涙が零れる。
 慎也のことを、すごく好きだと、思う。
 同じように想われて、幸せなはずなのに、どうしてか泣きたくなってしまう。
 どうして、こんな風に思うのだろう。

「あの、」

 物思いに耽る美咲の横合いから、躊躇いがちに声がかかる。
 そちらを向くと、ハンカチを差し出す見知らぬ女が立っている。
 美咲とそう年の変わらぬ二十代前半の女だった。

「どうぞ、お使いください」

 心配そうに自分を見下ろすその言葉がやけに丁寧で、美咲は気づく。
 国津神だ。
 神気を抑えてはいるが、身に纏う雰囲気は、みな似通ったものがある。
 泣いている美咲に気づいて、来てくれたのだろう。
 美咲はハンカチを受け取り、涙を拭いた。

「あ、ありがとうございます。すみません」

「いえ。お気になさらずに」

 美咲が気後れしつつも笑いかけると、本当に嬉しそうに咲い返す。
 こんなことぐらいでと思うが、それが、国津神なのだ。
 自分が笑えば、喜ぶ。
 ただ、それだけ。
 何て純粋で、愛おしいのだろう。
 いつも思われている。
 見護られている。
 こんなに愛されている自分が――それが、とても嬉しかった。




< 299 / 399 >

この作品をシェア

pagetop