高天原異聞 ~女神の言伝~
思兼命が去り、辺りはまた静寂に包まれる。
だが、月神は、そこに在るはずのない存在を見いだし、驚いていた。
自分を抱くこの闇は、己の神威が創り出したものではないのだから。
「九十九神《つくもがみ》か……?」
――さように御座います。御方様
応えを聞いて、さらに驚く。
「何故、此処に……」
――黄泉国の闇と、現世の闇が繋がりました。故に、主様の神威は闇を往き来できるようになりました
それを聞いた月神の美しい容《かんばせ》が哀しげに歪んだ。
「そうか。豊葦原に、降りたのか……」
太古の女神を取り戻しに。
忘れかけていた胸の痛みが甦る。
堪えるように、きつく目を閉じる。
「九十九神――主にしたように、暫し、我の眠りを護ってくれるか?」
縋るように問いかけられた闇が歓喜にうち震える。
――喜んで。御方様
褥に横たわった月神を九十九神が優しく抱きしめる。
そこには何の打算も企みもなく、ただ、労りに満ちていた。
安堵の息を、月神が漏らす。
独り伏せっていた先程までとは全く違う、温かさと癒しを感じる。
黄泉国にいるような錯覚にさえ囚われる。
あの幻のような時間の中にさえ、戻れるように。
「……」
閉じられた目蓋から、涙が零れる。
――御方様、お苦しいのですか
「大事ない。そなた達への褒美だ」
美しい月神を、闇がそっと覆い隠す。
闇に抱かれたまま、月神は暫し微睡みに落ちた。