高天原異聞 ~女神の言伝~
「紅い瞳だと――?」
戻ってきた葺根と八塚の報告を聞く荒ぶる神の容が、驚いた様相を見せる。
「心当たりがございますか――?」
「――」
葺根の問いに答えることなく、荒ぶる神は目を閉じる。
「建速様?」
八塚の呼びかけに目を開けた荒ぶる神は、厳しい眼差しを虚空に向けた。
「――よい。いずれ再び相見えることになる。それまでは、国津神々達に決して日が落ちてより後、独りにならぬよう伝えよ。葺根は八塚とともに動け」
「わかりました」
「八塚、過信するな。神器を扱い、神威を操ろうとも、そなたは人だ。その命を喪えば、我々のように神去るのではなく、記憶も神威も失い、只人として黄泉返る」
「それでも、私は己の為すべき事を成さねばなりません。それが私の産まれた意味では? この時を、私はずっと待っていたのです。それは、建速様も同じでございましょう」
その言葉は、真実だった。
どのような結果となろうとも、今生で、全ての意味は明らかになるだろう。
だから、今まで隠れていた伊邪那美は顕れたのだ。
そして、この豊葦原に封じられていた神々も目覚めた。
八塚という、人でありながら神の力を操る希有な者も産まれた。
「――」
荒ぶる神は、長く息をついた。
不吉な予感がした。
紅い瞳をした神を、知っていた。
だが、その神は自分が滅したのだ。
黄泉返ることなど、有り得ないのに。
どのような手妻で、紅い瞳を持つ神が再び顕れたのか。
しかも、今になって。
伊邪那美を待つには永すぎた時間が、今は人の世を見送ってきたように足早に過ぎていく。
娘の須勢理比売は、永い苦しみから解き放たれた。
木之花知流比売も、永い哀しみから解き放たれた。
無常に終わった神代の名残を拭い去る刻《とき》が来たのなら。
今度は、誰を解き放つのか。