高天原異聞 ~女神の言伝~
6 たる
そこは、現世《うつしよ》とは空間を隔てた闇の異界だった。
黄泉国《よもつくに》と現世を繋いだ、闇の主の神威が創りし領界は、死神《ししん》にとっては黄泉国同様御霊を休める場所でもある。
静寂を湛えた暗闇に、死神は溶け込むように蹲っていた。
「目的は、果たしたか」
闇の中でも麗しい闇の主が死神に声をかける。
――果たした。いつでも、動ける
「では、いよいよだな」
――国津神の中に、希有な青人草がいた。神威を操る、神々の末裔だった
「案ずることはない。人であれば、死からは逃れられぬ。神器さえ奪えばどうとでもなろう」
――現世での月が消えるのを、待たねばならぬ。朔には、最も我らの力が強まる
「二つの比礼《ひれ》と、鏡の一つは、此処に」
闇の主の右手には、美しい真円を描く鏡が、左手には、淡く輝く比礼があった。
――剣と玉は、八塚の一族が神域に封印していた。比礼の残りの一つは、豊葦原にいる天津神が持っている
「一所に集めれば、残りは自ずと惹かれてこよう」
――朔だ。朔を待つのだ
「よかろう。それまでは此処にいればよい。朔になれば、そなたの願いも叶う」
すでに答えぬ死神を置いて、闇の主は異界から現世《うつしよ》の闇へと滑り出た。
現世では真円を描く月が浮かんでいる。
今宵は雲一つなく、皓々と輝く月はあまりにも美しすぎた。
闇の主は暫し目を奪われた。
――主様
不意に、自分を呼ぶ思念に、闇の主は我に返る。
「何事だ、九十九神《つくもがみ》。命があるまで動いてはならぬと申したが」
――おしかりは、いかようにも。ですが、主様でなくば、御方様を救えぬのです
「御方様? 誰のことだ」
――月神様でございます。月の御方様が、苦しんでおられるのです
闇の主の容が、厳しくなる。
「案内《あない》せよ」
――御意
闇の主の姿が、暗闇に呑まれ、現世から掻き消えた。