高天原異聞 ~女神の言伝~
「咲耶?」
名を呼ばれて目を開けた。
「お姉様……?」
夢現《ゆめうつつ》で、暫し混乱していた。
夜明けが間近で、部屋の中はほんのりと明るい。
「また、姉比売の夢だな?」
背後からかかる声。
背中から抱きしめられて眠っていたのだ。
子を身籠もってから、咲耶比売と瓊瓊杵命はこうして眠るのが習慣となっていた。
「ええ。姉と、背の君が仲睦まじく逢瀬を重ねておりました」
「夢の中で、そなたは姉比売なのか」
「ええ。姉は、本当に背の君を愛しておられました」
幸せそうだった。
美しい恋だった。
夢の中の二柱の神は、幸福な未来しか信じていなかった。
涙が込み上げてくる。
「泣くな、咲耶」
容を見てもいないのに瓊瓊杵が言い当てたので、咲耶比売は驚いた。
「何故わかったのですか?」
「わからぬはずがない。こうして、繋がっているのに」
「え――あぁ……っ」
腰を緩く動かされて、咲耶比売は喘いだ。
そうだ。
交合《まぐわ》った後に、互いに離れがたく身を繋いだまま眠ってしまったのだ。
「夢でそなたが姉比売なら、私以外の男と交合っていることになる。そのようなこと、許さぬ」
後ろから優しく突き上げられて、その心地よさに涙が零れた。
「……あ、あぁ……瓊瓊杵様……瓊瓊杵様……」
「そうだ。今そなたを抱いているのは私だ……咲耶、そなたは私だけのもの。夢に囚われてはならぬ」
程なく咲耶比売が昇り詰め、続いて瓊瓊杵も昇り詰める。
熱く脈打つ二つの身体は、それでも離れることはない。
気怠い心地よさとともに、咲耶比売はまた夢に引き戻されようとしていた。
愛しい夫も、すでに微睡みの中にいた。
咲耶比売は、幸せなのに不安だった。
夢とともに、死が近づいているような気がしていた。