高天原異聞 ~女神の言伝~
夜の食国の空に昇る月は、いつの間にか形を変え、細く、消え入りそうになっていた。
闇の主は、館の外に出て、それに気づいた。
部屋には月神がいるが、もう自分を護るように身体を縮めて眠ることはない。
穏やかな眠りが、月神を包んでいる。
その寝顔を、見られる時間も最早僅かだった。
自分がいなくなっても、あの頃のように、咲っていてくれたらいい。
哀しい夢など、もう見ないはずだから。
神代のように、ただ、一緒にいられたなら、どんなにかいいだろう。
ともにいて、交合う間、幾度となくそう思った。
だが、もう戻れない。
時は過ぎて、すでに自分達は敵同士となった。
所詮、これは夢幻なのだ。
現《うつつ》となれば、この頑なな月はまた遠ざかるだろう。
確かなものなど、何もない。
腕に抱いている間は満ち足りていたのに、離れてしまえばすぐに満たされぬ想いに囚われる。
それは、かの神が己のものではないからか。
満ち足りるには、やはり、伊邪那美が必要なのか。
「――」
仰いだ空には、細くなった月が浮かぶ。
月が消える。
もうすぐ朔が来る。
伊邪那美を取り戻すために、死神が動く。
虚空を見据え、暫し、闇の主は動かなかった。
その姿は、闇に溶けるように静かだった。