高天原異聞 ~女神の言伝~
「瓊瓊杵様、嫡妻《むかひめ》様!!」
宇受売が駆け寄ってくる。
「!?」
だが、それを遮るように、遠呂知《おろち》を焼き尽くした白い炎が其処に在る。
まるで、美咲の中の咲耶比売を護るかのように。
「この炎は……?」
白く輝く炎が、美咲と慎也の傍らで囁く。
――母上様、ご無事ですか……
その囁きに、美咲の表情が驚きに揺らいだ。
それは、美咲を呼んだのではなかった。
咲耶比売を母と呼んだのだ。
「……ああ、なんてこと……」
瓊瓊杵命も気づいた。
その意志を持つ炎が何者で在るかを。
「そなた……もしや、火須勢理命《ほすせりのみこと》か――?」
白い炎が喜びを表すかのように揺れる。
――はい、父上様、母上様。火須勢理にございます。火の眷属と成りし身にて、今まで目通り叶いませんでした。祖神伊邪那美様の現身《うつしみ》とともに黄泉路を返られし時より、この現世まで密かについて参りました
火須勢理命《ほすせりのみこと》――それは、木之花咲耶比売が産んだ中つ御子。
炎の洗礼を受け、現世には留まれず、火の眷属となった稀神《まれがみ》であった。
「ああ、愛し子……こんな処に……」
もはや出会えぬと思っていたわが子と出会い、咲耶比売と瓊瓊杵は喜びに浸った。
だが、それはほんの束の間だった。
すでに、咲耶比売の憑坐と瓊瓊杵の憑坐はこときれていた。
血塗れで横たわる二つの屍を前に、美咲の中の咲耶比売は涙を流す。
「嘆くな、比売神。私なら、彼らを呼び戻すことが出来る」
不意に、死神が顕れた時のように、強い死の気配を感じ取る。
咄嗟に瓊瓊杵が咲耶比売を胸に庇う。
「誰だ!?」
するりと虚空から顕れたその姿を視て、咲耶比売は恐怖に震えた。
闇より濃い、長い髪。
傷一つ、染み一つない白い肌。
麗しい容でこちらを見やるその瞳は、琥珀色だった。
「黄泉大神《よもつおおかみ》様……」
しんと、その場の空気が凍てついた。