高天原異聞 ~女神の言伝~
午後1時を過ぎて、カウンターに座りながら雑務をこなしていた美咲は、一般の利用者用玄関から初老の紳士がゆっくりと杖をつきながら歩いてくるのに気づき、立ち上がった。
「こんにちは」
「斉藤さん、こんにちは」
美咲は笑顔で挨拶を返した。
「今日のお勧めは、なにかあるかな?」
「残念ですが、今日はお求めの本がまだ返却されてませんし――そうだ、登山がご趣味でしたよね、去年の暮れに入った山の写真集はどうですか?」
斉藤はにっこり笑うと、
「ああ、それはいい。最近は歳をとったもんだから、足腰が弱くなって山登りもできないからね。写真で満足することにするよ。いつもありがとう」
頭を下げて、カウンターを一歩離れる。
「いえいえ。お求めの本が返却されたら、すぐ連絡しますね」
「そうしてください。では」
再び会釈をして、斉藤はゆっくりと美術関係の写真集のコーナーへと向かう。