高天原異聞 ~女神の言伝~
4 畏れ
アパートの玄関を出て、美咲と慎也は図書準備室から館内へと入った。
「母上様、父上様!!」
館内には、久久能智《くくのち》と石楠《いわくす》がいる。
「何か、強い神気を感じたの」
「太陽の女神です。高天原の主が、現象なさいました」
「ただいま、建速様と真向かっておられます」
久久能智と石楠の何処か不安げな様子が、美咲にも伝わる。
「太陽の女神――天照大御神《あまてらすおおみかみ》ね」
「敵なのか、味方なのか?」
「――」
慎也の言葉に、国津神達は答えない。
答えられないのは、味方ではないということか。
「天津神は、私ども国津神にはわからぬのです。我々の理とは異なる故に」
久久能智の言霊に重なるように、大気が震えた。
「!?」
「美咲さん!!」
咄嗟に慎也が美咲を庇うように抱きしめる。
カーテンに遮られた窓がびりびりと音を立てて震えている。
「これは――」
「天津神が、高天原の主が憤っておられます」
石楠が答える。
「建速に?」
「恐らく」
美咲は慎也の腕から抜け出し、来客用の玄関へと走る。
外へ出ると、長身の荒ぶる神と、淡い光を放つような白い装束を纏った女神の後ろ姿が見える。
「建速!!」
思わず口をついて出た言葉。
荒ぶる神の視線が、美咲へと向けられる。
「美咲――」
そして、美咲は見た。
振り返った、太陽の女神の容を。
美しく、けれど何処か寂しげなその容に、なぜか憐れみを感じた。
――そなたを、高天原の主とする。
不意に聞こえる、言霊。
この声を知っている。
懐かしく、愛おしい声なのに。
――これより後は、そなたが高天原を治めよ。
何故、この声はこんなにも絶望に満ちて聞こえるのだろう。
――ですが、父上様。本来の高天原の主は……
――そなたが治めよ!! 二度と言わせるな!!
荒げた言霊の中に、哀しみさえも満ちている。
――あれは、天には留まれぬ。太陽と月の神霊であるそなたらを得て、我々の神産みは終わった。
――父上様……
――もはや成すべきことはない。そう……終わってしまったのだ……
悔恨の思いが伝わる。
こんな思いを、ずっと持ち続けていたの?
駆け寄って、抱きしめたい。
何処にいるの?
私は、此処にいるのに。
――私では、駄目なのですね。父上様を、お慰めすることは出来ないのですね。
重なる想いがある。
絶望に満ちた御霊を、救いたいと思いながらも何も出来ないこの想いは、誰のもの――?
その瞬間、美咲は新たな夢に囚われた。
「母上様、父上様!!」
館内には、久久能智《くくのち》と石楠《いわくす》がいる。
「何か、強い神気を感じたの」
「太陽の女神です。高天原の主が、現象なさいました」
「ただいま、建速様と真向かっておられます」
久久能智と石楠の何処か不安げな様子が、美咲にも伝わる。
「太陽の女神――天照大御神《あまてらすおおみかみ》ね」
「敵なのか、味方なのか?」
「――」
慎也の言葉に、国津神達は答えない。
答えられないのは、味方ではないということか。
「天津神は、私ども国津神にはわからぬのです。我々の理とは異なる故に」
久久能智の言霊に重なるように、大気が震えた。
「!?」
「美咲さん!!」
咄嗟に慎也が美咲を庇うように抱きしめる。
カーテンに遮られた窓がびりびりと音を立てて震えている。
「これは――」
「天津神が、高天原の主が憤っておられます」
石楠が答える。
「建速に?」
「恐らく」
美咲は慎也の腕から抜け出し、来客用の玄関へと走る。
外へ出ると、長身の荒ぶる神と、淡い光を放つような白い装束を纏った女神の後ろ姿が見える。
「建速!!」
思わず口をついて出た言葉。
荒ぶる神の視線が、美咲へと向けられる。
「美咲――」
そして、美咲は見た。
振り返った、太陽の女神の容を。
美しく、けれど何処か寂しげなその容に、なぜか憐れみを感じた。
――そなたを、高天原の主とする。
不意に聞こえる、言霊。
この声を知っている。
懐かしく、愛おしい声なのに。
――これより後は、そなたが高天原を治めよ。
何故、この声はこんなにも絶望に満ちて聞こえるのだろう。
――ですが、父上様。本来の高天原の主は……
――そなたが治めよ!! 二度と言わせるな!!
荒げた言霊の中に、哀しみさえも満ちている。
――あれは、天には留まれぬ。太陽と月の神霊であるそなたらを得て、我々の神産みは終わった。
――父上様……
――もはや成すべきことはない。そう……終わってしまったのだ……
悔恨の思いが伝わる。
こんな思いを、ずっと持ち続けていたの?
駆け寄って、抱きしめたい。
何処にいるの?
私は、此処にいるのに。
――私では、駄目なのですね。父上様を、お慰めすることは出来ないのですね。
重なる想いがある。
絶望に満ちた御霊を、救いたいと思いながらも何も出来ないこの想いは、誰のもの――?
その瞬間、美咲は新たな夢に囚われた。