高天原異聞 ~女神の言伝~
 遠く離れていても、荒ぶる神の神気が感じられた。
 そして、天津神の慄く神気も。
 恐れることなど何もないのに。
 天津神にとって、建速の猛々しい神気は、恐れを呼び起こす。
 確かに、あのような神気は、天津神は誰にも持てない。
 創世の神より成りませる最後の貴神《うずみこ》は、高天原にも豊葦原にも、唯一の存在なのだ。

――建速が来た。そなた達では話にならぬ。故に、私が往こう。

――ですが、尊き御身が……

――我らは三貴神。よもや建速も私に無体なことはするまい。そなた達はここにおれ。決して、私が呼ぶまで来てはならぬ。

――天照様――

 思兼と宇受売は最後まで着いてきたがったが、それを留め、天照は独りでこの天之安河原《あめのやすかわら》へと来た。
 天津神を遠ざけたのは、建速と話すためだ。
 安河原には、建速が立っている。
 その姿は、豊葦原で視た時のままだ。
 其処に在るだけで、他を圧倒するようだ。

――建速、戻ってきたのか。

 天照を視るなり、建速は訝しげに目を細める。

――何だ、天照。その格好は。

 近づいて、見据えられれば、確かに隠しようもない神気と神威に満ち溢れているのがわかる。

――そなたが高天原に来て、天津神達が慄いている。だから、私が来たのだ。

――高天原で、暴れると? そんなつもりがないのは、お前と月読にならわかるはずだ。

――ああ。だが、そなたは荒ぶる神。天津神にはわからぬのだ。

 天津神々を安心させるために、天照は男神の装束を身に纏っていた。
 褌《はかま》を履き、足結《あゆい》を締め、髪は髻《みづら》に結い上げている。

――そのような姿《なり》は似合わぬ。

――私では、高天原は治められぬというのか……

――そうではない。お前には、男神の姿《なり》など似合わぬと言っているのだ。いっそ何も纏わぬほうがいい。

 言うなり、建速が天照の頬を引き寄せ、唇を重ねる。
 天照は、驚きに咄嗟に動けなかった。
 我に返った時には、すでに逃れることが出来ぬほど深くくちづけられていた。
 舌が絡み合う感触の心地よさに、きつく結った髻《みづら》が解かれても抗えない。
 初めて受けるくちづけは荒々しいのに何処か懐かしく、愛おしく思えた。

――建速……?

 応《いら》えはない。
 身に付けた武具が、一つ一つ落ちていく。

――何を、するのだ……?

――誓約を。

 上衣の帯をほどかれ、白い肌が露わになる。
 下衣の結び目もほどかれると、すでに太陽の女神は首にかけた八坂瓊之五百箇御統《やさかにのいおつみすまる》の他は何も纏わぬままの姿で、荒ぶる神に抱かれていた。

――誓約? 私と、そなたでか?

――そうだ。俺と、お前で。

 気がつけば、周囲には何も視えない。
 安の河原にいたはずなのに。
 深い霧が立ちこめ、全てを覆っている。

――お前の恐れを感じた。だから、来たのだ。

――恐れてなど……

――お前が、この高天原の主だ。何も恐れる必要はない。

 強く抱きしめられ、初めて安堵した。
 そうして、気づいた。
 常に張りつめていた自分を、脅えを視せるまいとしていた自分を。

 何故なら、自分は、高天原の真の主ではないのだから。

――建速、本当は、父上様は――

 だが、その言霊は、建速によって遮られる。

――伊邪那岐は、お前を主にと望んだのだ。伊邪那岐の意志を継ぎ、この高天原を治めるのだ。

 建速の手が八坂瓊之五百箇御統《やさかにのいおつみすまる》に触れると、連なる勾玉から、光と共に神威が放たれ、天照の内に入り込む。

――ああっ!!

 その熱と衝撃に、天照の身体は背後へと傾いだ。
 だが、霧の褥に優しく包み込まれ、自分が立っているのか横たわっているのかももうわからなくなった。
 神威を受けて、身体が燃えるように熱く疼いた。
 動けない身体に、優しく触れる手が心地よい。

――……建速、何をするのだ……

――交合うのだ。かつて伊邪那岐と伊邪那美が交合って、神産みをしたように。

――それが、我らの誓約か……

――ああ、そうだ。

 天照の手が、建速の腰の剣に触れた。
 すると、剣の神威が建速へと流れ込むのがわかった。
 二柱の神の身体が、淡く輝く。
 誓約の準備が整った。

――神を産め、天照。母神となりしその身は、高天原の主に相応しい。そして、お前の産む神が、次の高天原の主となる。それこそが、まさしく伊邪那岐の後継だ。

 その言霊に、天照は咲った。
 この誓約によって、自分は真の高天原の主となる。
 そうなれば、何も脅えることなどなくなる。
 何の憂いもなく、高天原に君臨できる。

――建速……

 再び、唇が重ねられる。
 舌を絡め合い、吐息を呑み込むように何度もくちづけを交わした。
 くちづけの合間に柔らかな乳房をまさぐられ、硬く凝った先端が疼きを増す。
 堪えきれずに、まさぐる手に胸を強く押しつけると、心得たように建速が桜色の先端に吸い付いた。
 もう片方の先端は指で揉み込まれ、その心地よさに、いっそう身体が仰け反った。
 両の乳房の先端が指と舌で交互に愛撫され、甘やかな喘ぎがますます漏れる。
 いつの間にか固く閉じていた脚が割り開かれ、疼きを増して熱く潤った女陰の襞に、もっと熱いものが押し当てられる。

――あ……

 気づいた時には、押しつけられた物根《ものざね》が女陰の襞を貫いて奥深くまで入り込んでいた。
 その途端、今まで感じたことのない快楽に、天照は短く悲鳴を上げた。
 女陰の内側が何度も自分を貫く物根を締め付ける。
 合わせるように抜き差しが繰り返されると、あまりの快さに泣きながら身悶えた。
 交合いの激しさは増し、抽挿が深くなるにつれ、互いの身体がいっそう強く輝く。
 美しい光が二柱の神の姿を覆い隠し、輝きが一際強く放たれた。

 その瞬間、神が産まれた。

 光は明滅を繰り返し、創世の神々が神々を次々と産み出したように、二柱の神は神を産み続けた。
 美しい神器の神威と貴神《うずみこ》の神威が誓約により産み出したのは、麗しい三柱の女神と五柱の男神だった。




 どれほどの時が経ったのか。
 未だ視界は雲に覆われている。
 視えるのは、独りだけ。
 すでに互いの身体は輝きを放つのを終えているのに、今、自分を抱いている逞しい体躯は、輝くように美しい。
 この腕の中にいれば、何も思い煩うことなどない。
 恐れも、憂いも、感じなくてすむ。
 そう思っているのは自分だけではない筈だ。
 だからこそ、三柱の女神と五柱の男神が産まれ、誓約が終わっても、互いに離れがたくて何度も交合いを繰り返している。
 宇受売や思兼がきっと自分の身を案じているだろう。
 だが、どうしても戻る気にはなれない。
 重なる肌の温かさに、触れられる喜びに、何も考えられなくなる。
 時折我に返っても、思うことはただ一つ。

 離れたくない。
 ずっと、こうしていたい。

 想いに突き動かされ、思わず縋り付いてしまう。

――どうした?

 気づいた建速が、さらに引き寄せ、しっかりと抱いてくれるのが嬉しくて、口に出す筈ではなかった言霊を告げてしまう。

――私の傍に。

 応《いら》えはなかった。
 それを、心の何処かで安堵した。
 言霊に出すまでは、往ってしまったりはしないのだから。






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