高天原異聞 ~女神の言伝~
「母上様!?」
国津神達が美咲に駆け寄る。
建速が美咲の手を取る。
「何が起こってるんだよ!!」
蒼白な慎也の顔を視る荒ぶる神の眼差しは険しかった。
「豊葦原が闇に包まれたと言うことは、黄泉の領界に限りなく近づいたと言うことだ。伊邪那美は死の女神。死に近づけば、以前のように夢に囚われる」
意識がない以外、異変はない。
前に、根の堅州国でもそうだったように、夢に囚われているだけだと荒ぶる神は判断する。
その証拠に、美咲に身に付けさせている勾玉は、何の神威も発動しない。
「戻ってくるのか……」
「戻ってくる。美咲を信じろ」
力強く答える荒ぶる神の言霊にも安心できぬように、慎也は美咲を強く抱きしめる。
「どうして伊邪那岐は――俺は、こんなに愛しくて手放せないものを失い続けるんだ」
「言霊だ」
「言霊?」
「ただ一度、交わした言霊によって、伊邪那岐は黄泉大神と誓約したのだ。そうとは知らずに」
美咲を通してともに視た黄泉大神と伊邪那岐の誓約を思い出す。
「誓約は、一度交わしたら破れないんだろ? どうあっても、俺は、美咲さんと一緒にはいられないのか?」
「怖れるな。俺達がいる。俺達が、お前と美咲を護る」
「美咲さんがいなかったら、俺は、生きていたくない。美咲さんが黄泉国に行くなら、今度こそ、俺も死んで追いかける」
「父上様!?」
「早まってはなりませぬ!!」
「美咲さんは喪えない。俺の全てだから。お前達だってそうだろ? 美咲さんのためだけに、定めに抗ってここにいる」
「全てが終わってもいないのに、終わったように話すな。先走るにも程がある」
溜息をつきながら、建速は慎也を視据える。
「悪い方にばかり考えて口に出して、本当になったらどうする。言霊の力を侮るな。神代でもそうだったくせに」
「――」
創世神の現身うつしみを安心させるように、荒ぶる神は言霊を重ねる。
「もう一度言う。怖れるな。美咲は戻ってくる。死よりも生を、黄泉国より豊葦原を、何より、対の命であるお前を愛するが故に」