高天原異聞 ~女神の言伝~
7 二心
夜の食国《おすくに》には、領界の狭間に位置するため夜明けは来ない。
黄泉大神《よもつおおかみ》が創り出す闇の異界同様、朝も昼もない。
けれど、根の堅州国同様、暗闇の中でもその姿を隠さず、美しく静謐な光景が広がる。
「此処は――」
思兼命《おもいかねのみこと》は、戸惑った。
夜の食国に来たはずなのに、其処は自分が望んだ領界ではなかったからだ。
月の館は視えず、何処までも続く闇ばかり。
以前、夜の食国に至るまでには神宝《かんだから》である鏡の神威を使ったが、路筋《みちすじ》を見つけた今、鏡が無くとも路を違えるわけがない。
それなのに。
「此処は何処なのだ――」
辺りを見回すと、不意に、淡い幽かな揺らめきが視えた。
「――」
揺らめきは、徐々に思兼に近づき、その輪郭を顕わにした。
思いがけぬものを視界にとらえ、思兼は驚愕する。
それは、青ざめてはいるが美しい女神の首であった。
――思兼様……
「大宜津比売《おおげつひめ》!? 何故、此処に――」
――お恨み申し上げます……貴方様の言霊を信じたばかりに、私の四肢は、この様に切り刻まれ、散り散りに
首だけの女神は、思兼が後退ると同じだけ、揺らめきながら近づいてくる。
――私の身体を、お返し下さいませ……このままでは、黄泉国にも向かえませぬ……
「よせ、来るな!! そなたを殺したのは、月神と荒ぶる神だ。私の処に来るなど、おかしいではないか!!」
――私を謀っておきながら、そのような物言いをなさるのですか? 月神と荒ぶる神は、神逐《かむやらい》されたではありませぬか。彼らを陥れた貴方様は、何故罪に問われぬのですか?
大宜津比売の言霊に、思兼が我に返る。
「――そのようなこと、死したそなたが何故知っているのだ?」
「我が、教えたからだ」
不意に横からかかった言霊。
思兼は驚いてそちらに視線を向ける。
「!!」
息を呑むほど美しい容が、手を伸ばすだけで触れられるほどすぐ近くに在った。
その容に、こちらを見据える美しい琥珀の瞳に、思兼は一時我を忘れた。
そして。
自分の額に触れる、白く美しい指先。
「よ、黄泉大神――」
そう呟く以外、何も出来なかった。
闇の主に囚われた思兼は、抗うことも出来ず、ただ、その琥珀の瞳を見つめるのみ。
「確かめてみよう。そなたの罪を」
美しい言霊が、思兼の罪を暴いていく――