高天原異聞 ~女神の言伝~
第十章 還る神々
1 死に至る門
今度こそ捕らえたと思った太古の女神の気配が、遠ざかるのを感じた。
「――」
闇の中から、するりと顕れたのは女神を捕らえるように命じた九十九神だ。
驚くほどに、神気が弱まり、神威が失われていた。
「何があった?」
――火神が、太古の女神を連れ去りました……
「火神が――?」
九十九神に触れると、確かに、神気の名残がある。
祖神に殺されてから、ずっと黄泉国に在った火神が、何を思って黄泉国の意志に叛くのか。
自分を死に追いやった祖神を恨んでいるのではなかったのか。
火神の意図が掴めずに、闇の主は暫し目を閉じる。
その沈黙に耐えきれぬのか、九十九神はさらに身を竦める。
――此度もまた……命を果たすことができず……申し訳ございませぬ……
幽けき言霊に、闇の主は目を開ける。
その琥珀の瞳には、憐憫の思いが見て取れた。
「そなたらは、よくやっている。謝るな」
主の言霊に、小さくなってしまった九十九神は幼子のように身を震わせる。
――我らは……主様のお役に、立てるだけで……
自分から分かたれた不完全な命。
憑くべきものがなければ、存在すらない憐れな神。
そのようにしか、生み出せなかったからこそ愛おしい。
黄泉の國産みさえ成れば、九十九神にも本来在るべき神の姿を与えてやれるのだ。
「よくやった。暫し休め」
――有難き言霊……
影のように朧な身をか細く震わせながら、九十九神は闇の中に消えた。
闇の主は一つ息をつく。
其処には、倒れたままの思兼と闇の主しかいなくなった。