高天原異聞 ~女神の言伝~
第十章 還る神々

1 死に至る門


 今度こそ捕らえたと思った太古の女神の気配が、遠ざかるのを感じた。

「――」

 闇の中から、するりと顕れたのは女神を捕らえるように命じた九十九神だ。
 驚くほどに、神気が弱まり、神威が失われていた。

「何があった?」

――火神が、太古の女神を連れ去りました……

「火神が――?」

 九十九神に触れると、確かに、神気の名残がある。
 祖神に殺されてから、ずっと黄泉国に在った火神が、何を思って黄泉国の意志に叛くのか。
 自分を死に追いやった祖神を恨んでいるのではなかったのか。
 火神の意図が掴めずに、闇の主は暫し目を閉じる。
 その沈黙に耐えきれぬのか、九十九神はさらに身を竦める。

――此度もまた……命を果たすことができず……申し訳ございませぬ……

 幽けき言霊に、闇の主は目を開ける。
 その琥珀の瞳には、憐憫の思いが見て取れた。

「そなたらは、よくやっている。謝るな」

 主の言霊に、小さくなってしまった九十九神は幼子のように身を震わせる。

――我らは……主様のお役に、立てるだけで……

 自分から分かたれた不完全な命。
 憑くべきものがなければ、存在すらない憐れな神。
 そのようにしか、生み出せなかったからこそ愛おしい。
 黄泉の國産みさえ成れば、九十九神にも本来在るべき神の姿を与えてやれるのだ。

「よくやった。暫し休め」

――有難き言霊……

 影のように朧な身をか細く震わせながら、九十九神は闇の中に消えた。
 闇の主は一つ息をつく。
 其処には、倒れたままの思兼と闇の主しかいなくなった。





< 380 / 399 >

この作品をシェア

pagetop