高天原異聞 ~女神の言伝~
暗闇の中に横たわる男神を、立ち尽くしたままじっと視つめるのは、闇の主だ。
賢しい言霊を巧みに操り、三貴神を追い込んだ思兼を囚えたのは僥倖であったのかつかみかねていた。
「さて、どうしたものか――」
全てを知ることは出来る。
だが、知りたくないような気もする。
二心を持つこの神が、さらに月神を追い込んだのだと、今は気づいてしまったから。
月神を追いつめることは容易かったに違いない。
あんなにも無垢で、稚《いとけな》かったのだから。
太陽の女神を希《こいねが》い、孤独にうち震えるあの頃の月神ならば、この老獪な言霊に容易く絡み取られ、面白いほど思うままに動く手駒であったろう。
そして、自分も、この男神にとっては月神を追い込む使い易き手駒であったろう。
思兼の思う通りに翻弄され、挙げ句に決別した。
初めて得た『友』という存在への喜びや期待、自分に対する傲りが目を眩ませて、疑いもしなかったのだ。
「――」
小さく息をついて、闇の主は横たわる思兼の傍らに膝をついた。
豊葦原は暗闇に覆われていたが、此処では、細い月が出ていた。
儚く、幽けく、弱々しい光を思うと、切なさに似た物思いが沸き上がる。
満ちた月に、逢いたかった。
美しく、気高く、咲うだけでこの心を慰めてくれた月に。
それ故に。
「夜よ……我らは、何故、互いを失わねばならなかったのか――」
知らねばならなかった。
数多の悔いとともに。