高天原異聞 ~女神の言伝~

「もう放して。図書館閉めて帰らないと」

 ぽんぽんと背中をたたいて、美咲は慎也から離れようとするが、慎也は腕を緩めてはくれなかった。

「慎也くん?」

「放したくないな。もう少しこのまま」

「ちょっと、駄目よ。必要以上に明かりがついてたら疑われるじゃない」

「じゃあ、このまま大人しく放すから、美咲さんのアパートに入れて」

「ど、どうしてそうなるのよ!?」

「入れてくれるだけでいいよ。キスより先はしないから」

「キスより先、って――」

 キスはするつもりなのかと突っ込みたくなったが、薮蛇になりそうだったので、美咲はそれ以上口にはしなかった。

「――わかったわよ、入れてあげるから離れて」

 あっさりと承諾した美咲に、今度が慎也が問い返す。

「ホントに?」

「コーヒーぐらい入れてあげるわよ。その代わり、大人しく飲んだら帰ってよ」

「わかった、じゃあ、はやく帰ろう」

 そう言って身体を離すと、慎也は上機嫌で美咲を見下ろして、

「ありがと、美咲さん」

 今度は美咲の唇に素早くキスをした。

「こら!!」

 笑って離れると、慎也は一般用玄関へ靴を取りに向かった。
 そうして、十分後、二人はいつものように人目を気にしつつ、二人で帰る。
 それを離れて窺う人影には、全く気づいていなかった。





< 53 / 399 >

この作品をシェア

pagetop