高天原異聞 ~女神の言伝~
振り返らずに、渡り廊下の鍵を開ける。
そのまま渡り廊下を走り、校舎へと入ると、美咲は2階の職員室へと向かった。
山中は見回りに行ったらしく、すでに職員室にはいなかった。
美咲は残っている教諭に鍵を預けて職員室を後にした。
階段を下りて、もと来た廊下を戻ろうとするが、来るときには点いていた廊下の電気が消えていた。
「やだ、見回ったから電気消しちゃったのかしら」
廊下の電気がどこにあるか、美咲は覚えていなかった。
校舎の方にはほとんど来ないし、来るとしても日中だったので、電気のスイッチまでは気にかけていなかったのだ。
うっすらと渡り廊下までの道はわかる。
美咲はこのまま進むことにした。
階段の明かりが段々と背後に遠くなり、やがて暗闇だけになる。
障害物が無い廊下の真ん中を美咲は足早に歩く。
静まり返って誰もいない校舎は、それだけで薄気味悪い。
暗闇にも目が慣れると、廊下の先の渡り廊下への曲がり角が見えたのでほっとする。
あそこを曲がれば図書館の渡り廊下の扉がが見える。
その時、不意に、朝の男の言葉を思い出した。
暗闇には近づくな。
美咲の足が止まる。
今まさに、自分は暗闇の中にいる。
背筋が震えた。
急に、背後の温度が低くなったような気がした。
禍々しい気配を感じて、美咲はゆっくりと振り返った。
背後にあるはずだった階段付近の僅かな明かりがどこにも見えない。
暗闇の中に、いっそう暗い闇がある。
揺らめき、蠢く、深い闇だ。
黒い黒い、闇の凝《こご》ったような、それは水だった。
――見ツケタ
それは、耳には聞こえなかった。
けれど、聞こえる。
音にならない、低く、暗い思念が、美咲の中に響いた。
――女神ヲ、見ツケタゾ!