高天原異聞 ~女神の言伝~
2 言誉ぎ
四月はあっという間に終わり、五月の半ばとなっていた。
慌しい年度初めの雑務も一段落して、ようやく美咲は毎日繰り返される穏やかな業務に没頭することができていた。
穏やかな読書日和の土曜の昼を過ぎて、貸し出しが一段落したところで、美咲はたまった返却本を積み上げて、一気に持ち上げる。
カウンターで分類しておいたので、一番近い9分類へ向かう。
利用者も少ないため、館内は空調の音だけでひっそりとしている。
足音が妨げにならないように、ことさらゆっくり、美咲は歩いた。
そんな密やかで穏やかな時間は、不意に破られた。
目の前の視界が突然ひらけると同時に、両腕にかかっていた重みが減った。
「視界を遮らない程度に本を運びなよ、美咲さん」
横からかかった声に視線を向けると、そこには私服の慎也の姿があった。
ラフなカッターシャツにジーンズというシンプルな服装ではあったが長身の彼によく似合っていた。
美咲の視界を遮っていた数冊の本を、大きな手が無造作につかまえている。
「あれ使えばいいじゃない」
キャスターつきの移動用書棚に慎也は視線を向ける。
「だめよ、あれで移動するたび、キャスターがキイキイうるさいんだもの。嫌いなの、あの音」