高天原異聞 ~女神の言伝~
あのわけのわからない悲しみは今は感じないけれど、別な意味で泣きたいような気分になってくる。
慎也と寝たからといって、別に世界が激変するわけではない。
これからたくさん続くだろう夜の、初めてというだけなのだ。
それなのに、この期に及んで、何かが大きく変わってしまうような気がして、このまま慎也に何か都合ができて来れなくなってほしいと心の片隅で思ってしまう。
こんなに好きなのに、なぜ、好きという思いだけで自分は満たされないのだろう。
何かが自分を堰きとめる。
夢だったり、訳のわからない感情だったり、年上ということや社会人であるということなど、様々な柵《しがらみ》が素直に慎也への愛情を表わそうとするのを遮る。
「――」
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
美咲は驚いて部屋からキッチンに向かう。
流しの横のドアへ進むと、もう一度控えめなノックと、
「美咲さん?」
小さな慎也の声がした。
チェーンを外すとドアが開いて、するりと慎也が入ってきた。
たたきの上にいても、慎也のほうが背が高い。
嬉しそうに見下ろされて、美咲の鼓動がまた速まる。