TAKE MEDICINE この世界で誰が正常でいられると?
これはなにかあると思ったわたしは、桧野の方に向き直り、真顔で尋ねた。

「どうしたの」

桧野は床とわたしを交互に見つめると、やがて決心したように話し始めた。

「俺さ……もう、嫌になっちまった」
「はあ? 何に? 死にたいとか言わないでよね。昨日わたしにお説教したくせに」
「北條……見たろ?」

少しふざけた口調は、桧野の陰気な声によって打ち消されてしまう。

「うん。見たよ。もう……アレだよね。死……んじゃったよね」
「名前を呼ばれたとき、嬉しそうに笑ってたよな。痛みは感じただろうけど、きっと北條は幸せだった」
「……うん」

桧野もわたしと同じことを考えている。
だからわたしには桧野の苦しみがよく分かった。
今抱えている悩みも、不安も、全てとはいわないけれど殆どが。

「よく、分からなくなってきた。何が正しいのか、も……」

うん、わたしもだよ、と心の中で相槌をうった。
きっとこの世界に善悪なんてものはない。

だってこんなことをされているわたしたちは、杉村たちが憎たらしくてたまらない。
勝手に命を奪うなんて、それは悪いことだと考えている。
だけど杉村たちにとってこれは正義なのだ。
国に与えられた使命、成し遂げないことが「いけないこと」だと判断されている。

狂っている。
わたしたちにとって善悪なんて言葉は無意味に等しい。
この場所では今まで持っていた常識を捨てなければいけないのだ。
そして新しく心に、体に、刻み込むのだ。

この場所のルールとは、杉村だと。
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