LAST EDEN‐楽園のこども‐
「それで、何の用」


愛想のない声で面倒そうに訊ねると、涼は、やれやれと髪をかき上げた。


「一応言っておくが、あたしはあんたとは面識がないぞ」


それはそうだろう、と佐伯は思う。


それこそストイックにテニス中心の日々を過ごしている佐伯には、他の生徒とは違って、涼の噂など耳に入っても留まることはない。


よって、涼が問題児であることすらも知らない佐伯は、涼の方へ不躾な視線を流す。


「先ほどの職員室での一件、しばらく眺めさせてもらいました。それで、あなたに一つ訊ねてみたいことがありまして」


佐伯はそこで言葉を切った。


いや、言葉が出てこなかったと言う方が正しいかも知れない。


少女の背丈は、自分の胸元あたりほどしかなかった。


突き飛ばせば、軽く後ろにすっ飛んでしまいそうな小柄な体。


寄りかかれば、倒れてしまいそうな細い肩。


秀でた額も、高く通った鼻筋も、繊細な美しさを漂わせて、佐伯の視線を釘付けにする。


教師に反抗するような少女には見えないが……。


一点の濁りも見つけられないその大きな瞳に、佐伯は見惚れた。


「なぜ、白紙なんて?」


妙な緊張感に、喉の奥が渇きを感じる。


握り締めた掌がじんわりと汗ばむ感覚を感じながら、佐伯は涼の答えを待った。


しかし。


「あんたも、ガキのくせに大人のフリをするタイプってわけ」


「はい?」


佐伯は聞き返す。


「大人のフリ、とは?」


涼は片方の眉を上げた佐伯の目の前に掌をかざすと、確かめるように佐伯を見た。
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