LAST EDEN‐楽園のこども‐
「ちょっと待てよっ!」


 振り返ることもなく去っていく背中に、追いすがって伸ばした腕は届かない。


「雨宮っ!!」


叫ぶと、頬をつたう雨の涼が口の中に入って広がった。


「雨宮!」


それでも構わず発した声を、ザーザーと降る雨音がかき消していく。



「雨宮―――――」


彼女はきっと立ち止まらない。


それでも、その後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまで、和樹はその場に立ち尽くすようにして立っていた。


そして、すっかり濡れそぼったシャツが、肌に冷たく張り付いた頃。


伸ばしていた腕をようやくおろして、彼はそのままギュッと拳を握り締めた。


ひどい言葉でなじったことに対する懺悔のつもりなのだろうか。


急激に激しさを増した雨に体は冷え、いつしかどしゃ降りへと変わりかけていた空には、今にも雷鳴が轟きそうな濃い闇色の雲がひしめいていた。


けれど、和樹は、もう少しそこに立ち尽くしていたいような気がしていた。


「簡単に優しくしやがって―――――か」


涼の言葉を繰り返せば、不意に見せた悲しげな顔が脳裏をよぎった。


孤独を知らない和樹には、それを明確な言葉で説明することは難しい。それでも、とても物悲しい感覚にさせられた。


少なめに発せられた言葉が、ひどく胸に残っている。


自嘲的に笑った涼が、必死に何かを耐えているような姿に見えて、あまりにも痛々しかった。


「何やってんだ、俺」


ずぶ濡れに濡れた体を見下ろして、和樹は苦い笑みを浮かべた。
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