LAST EDEN‐楽園のこども‐
佐伯の靴が、キュッと軋んだ。

そして彼は、ゆっくりと体の向きを変えると、優雅な身のこなしで歩き出す。


先ほどから酷い言葉で涼を罵る担任に、ただ一言意見するために。


大人の権限を振りかざして、生徒の気持ちを踏みにじったというその一点において、非難の意思を伝えるために。


その的を得た苦言には、あの強情な龍堂ですら言葉を詰まらせるほど、穏やかにして冷徹な天才は、理不尽な暴力で傷つけられた女子生徒のために、一役買おうとしたのである。


しかし。


足を止めた佐伯の目の前で、涼は床に落ちた紙を拾う素振りを見せた。


ゴミのように放り捨てられたそれを腰をかがめて拾うと、涼はそのまま物も言わずに踵を返す。


「くそガキが」と、どこまでも教育理念を失墜させる言葉を背中に受けながら。


その言葉には、いくら何でも表情を変えるだろうと思っていた佐伯は、次の瞬間息を呑む。


佐伯の鋭い眼には、涼の横顔が微笑んでいるように映って見えた。
< 98 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop