キミのとなり。
「…どうして、仁は来たのかな。」



「ん?」



「ここへ来れば、私に会うことわかってたはずなのに……どうして来たのかな。」



「……千秋。」



「必死にね、切り替えようって……してるのに。」



ポタポタと知らないうちに涙がこぼれた。



「忘れていいのに……私が頼んだ事なんて…。なのに、覚えてるんだもんっ。」


弘人はただ黙って私にハンカチを差し出した。



そのハンカチに顔を埋めた。



「会ったらダメなんだっ……」



「千秋。」



「会ったら押さえられなくなる。」



弱い自分……



嘘ばっかりの自分…



強がりな自分…



どんどんどんどん、皮を脱ぐように中から溢れてくる。



「好きなんだろ、まだ。」



弘人が低い声で諭す様にそう言った。



私は激しく首を横に振る。



「そんなに忘れたいか?……あいつに、あの桜井ってやつに悪いと思ってか?」


ズキッとした。



胸にナイフが刺さったみたいな痛みに、身動きすらできなかった。



「お前の中にいらないプライドがあるんじゃないか?」


「え…っ」



「わかるよ?事務所の事とか、ファンの目とか…あぁいう特殊な仕事してる奴と一緒にいるのがどんなに大変な事かは……でもな。」


泣くのを止めて弘人を見た。



「今素直になんなきゃ、お前一生後悔すんぞ。」



鋭い眼差しでそう言った弘人。



「お前自身が納得できるまで、できる限りの努力……してみたらどうだ?」



「弘人…」



それはまるで、闇をさ迷ってる自分に出口を教えてくれたみたいに私をスーッと光の差す方へ導いてくれる言葉だった。


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