キミのとなり。
そう話す仁の横顔が寂しそうで、見えない所にいっぱい傷を隠し持っているようなそんな気がした。


「だからあんたの気持ちがよくわかった。」


それであの時……


“最悪と思えば最悪だし…考え方次第でどうにでもなる。”


あの言葉は、仁が自分に向けて発した言葉でもあったんだね。


「あの歌詞もあんたの事励ますつもりで書いてる内に感情移入して……。」


なんだかうれしかった。


あの唄は、私と仁の特別な想いがこもった世界にひとつだけの唄。


急に仁が遠くを見た。


「ただ違うのは、俺は……」


仁が何か言いかけて、ためらうのがわかった。



「結婚してたんだ。」


え……っ。


自分でも驚くほどショックを受けた。


私の中で仁の存在がこれほど大きくなっていたなんて。


“俺は結婚していた”


仁は20歳の時、付き合っていた彼女との間に子供が出来て入籍した。


いわゆるできちゃった婚。


だけど妊娠4ヵ月を目前に迎えた時、彼女が流産してしまったらしい。


そのまま二人だけの生活を送っていたある日、奥さんに男がいる事がわかって……


「確かに俺、バイトしながら音楽やってたし収入も少なかったから苦労かけて悪いとはいつも思ってた。だけど……その浮気相手が他のバンドのメンバーだって知って、なんかプライドまで傷つけられた気分で許せなかった。」


それで別れたのに……


仁が地元のライブハウスで有名になった途端、手の平を返してきたんだ。


あの女子高生の話しはまったくの嘘だった。


私達は心に同じ傷を抱えている。


心を開いてくれた仁に、今日会社であった事を話すことにした。


「私も今日ね、元カレが彼女と別れたからやり直したいって言ってきたんだ。」


「え?」


「失ってやっとお前の良さがわかったって言われたよ。なんか皮肉なもんだけど……それ聞いてやっと吹っ切れた。」


仁は急に歩き出した。


「……仁?」


そして振り返ってこう言った。


「似てんね、俺達。」


うれしかった。


分かり合えてる気がしてうれしかった。


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