赤い狼と黒い兎
そして、そいつはナイフの先を自分の方に向け男を見ていた。
その姿はまるで…ダーツをするかのようで…。
「っ!!」
音もなく投げ放たれたナイフは、男の背中に突き刺さった。
――息が、出来なかった。
「…お、命中」
上手く当たったのか、そいつはそう呟いてポケットから携帯を取り出した。
…何だよ、こいつ…
何でこんな簡単に人の命、奪えるんだよ…!!
「…っ」
「――ああ。頼む」
パチン、と携帯を閉じるとそいつは俺に向かって歩いて来た。
やばい…俺も殺される…!
少し身構えたとき、そいつは言った。
「…何身構えてんだ、お前…」
「……へ?」
そいつは首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
俺…ぜってー間抜け面してるよ…。
「いや…」
「腹、見せてみろ」
「え……」
「何だよ、死にてぇのか?」
俺が素っ頓狂な声を出して言ったもんだから、怪訝な顔してそう言った。
「そうじゃない…です…」
「?…何改まってんだ、おめぇ」
「いや、別に…」
そいつは不敵に笑い、俺の服を捲り上げた。
「…結構深く切れてんな……」
「……。」
「おい…おめぇ、名前は」
「ぇ、あ…郁だ…。桜庭郁…」
「……ふーん。なんか、女みてぇな名前だな」
「なっ!」