遠吠えクラブ
【第一章】美夏(料理家アシスタント)
 もしかしたら、あたしも殺されるっていうことなのかな―。

 スライサーで輪切りにしたじゃが芋をオリーブオイルで炒めながら、美(み)夏(か)はふとそのことを考え始めている自分に気づいて、ひどくうろたえた。

 考え事をしているうちにいつのまにか手が止まってしまったらしく、フライパンの端のほうのじゃが芋はもううっすらと焦げ始めている。美夏ははっと現実に返って、ハーブ棚からローズマリーの瓶を抜き出し、じゃが芋にふりかけて大きく混ぜて火を止めた。フライパン中央の芋はまだ生っぽいが、薄切りだから余熱で火が通るだろう。どうせ後でオーブンに入れるわけだし。

 あと三十分でみんな集まる。余計なことは考えずに、少し仕上げを急いだほうがよさそうだ。

 オレガノで香りをつけて炒めた薄切りの茄子はすでに、皮目がストライプ模様になるように耐熱皿に整然と敷きつめてある。美夏は、手早くじゃが芋と牛ひき肉入りのトマトソースをその上に順番に重ねていき、さっき作ったばかりの絹のようになめらかなホワイトソースを一番上に流し込んで、オーブンに入れた。見つめているとほどなくホワイトソースの表面がふつふつと沸騰しはじめる。

 何も考えなくても手が勝手に動くほど繰り返し作り倒しているムサカなのに、この瞬間はいつもたまらなくドキドキしてしまう。

 癖の強いハーブ同士の絶妙なバランスや、生トマトの爽やかさを残した軽やかなトマトソースも大事な要素だが、美夏がこだわっているのはなんといっても、口の中で熱いマシュマロのようにとろけるホワイトソースの、ふんわりした食感なのだ。
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