遠吠えクラブ
 逆にいうと男性としてのときめきはさほど感じられなかったのだが、羽純と英毅の離婚に際し、二人に対して示した聡の繊細な心遣いが、美夏にとっては意外だった。

「あまり心配して口を出すと、ふたりが立ち直った時に逆に、知りすぎている僕たちとつきあうのがつらくなることもあるんじゃないかな。
 夫婦のことは、親しい人にほど知られたくない部分がある。

 何もなかったみたいに、いつもと同じようにつきあって欲しいのに、そうしてもらえないくらいつらいこともないと思うよ」

 噛み締めるようにその言葉を口にした聡の横顔が、いつもとはまるで違う人間に見えて、美夏は胸がざわめいた。

 三十代なかばという若さで二人の奥さんに先立たれていたことは羽純から聞いていたが、そのことを意識したことはほとんどなかった。しかしこの時初めて、彼がほかの女性との結婚生活を二度も経験した大人の男であることを実感したのだ。
 
 夫婦のことは、知られたくないこともある。

 その一言になぜこんなに胸がざわめくのだろう。美夏は、見知らぬ男を見るような気持ちであらためて聡を見た。
 妻の相次ぐ死に打ちのめされ、その後の心ない中傷にも傷つき、本人にとってひどく辛い時期だったのだろう。心に傷を負った時に、好奇心を友達顔に隠してずけずけと踏み込まれる辛さを誰よりも感じていたのかもしれない。

 時に鈍感なのかと疑うくらい自己主張が薄く、頼りなく感じるほど穏やかな男だと思っていた。だからつきあいやすいとも。
でももしかしたらそれは、並みの男よりももっと強靭な克己心と自制心がつくりあげた、一種の仮面なのではないだろうか。
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