遠吠えクラブ
 その話を聞いた時に、千紘は心から美夏に同情し、また憤慨した。 
 だって、おいしいものを食べるのと同じくらい、食卓でおいしいものについて語り合うのは得がたい快楽ではないか(そりゃ、確かに料理オタクの美夏の尽きない薀蓄は、千紘が聞いていても辟易することがままあるけれども)。
 
 そんなわけで美夏は、新婚早々、落ち込む毎日が続いていたのだ。

 聡への愛と料理への愛が合体した、渾身の工夫。
 毎日のことなのに、震えるほどの感動や発見があることの奇跡。
その喜びが毎日毎日、一番愛する人に知られずひっそりと埋もれていく…。

 何よりも、食事のたびに聡がどんどん遠くに感じられてしまうことが耐えられなかったようだ。

「私にとって、料理は翻訳機のようなものなのよ」
と美夏はいつも言っていた。
 肌が合わない、と思っていた人でも、料理を味わって感動してくれれば、その人との距離は一瞬で消える。十年前からの親友のようにたちまち打ち解けて気持ちが寄り添えるのだという。
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