捨て犬な彼 ─甘えんぼクンと俺様クン─
「…うん…」
そう言ったハルは、ひどく不安げな顔をした。
そうだよね。自分が何なのかすら、分かんないんだもんね。
「ハル…」
眉毛の端を下げたハルの、頼り無さげな肩に手を置こうとした、その時、
「っ!!」
ハルが大きく目を見開き、そのあと頭を抱えて苦しそうにうずくまってしまった。
「大丈夫!?ハル!」
返事が出来ないでいるハルを見て、昔見たドラマを思い出した。
記憶喪失の人が昔の事を思いだそうとして、今のハルみたいに頭を抱えてた。
演技とは思えないハルを見て、本当に記憶喪失なんだ、って、ちょっと可哀想になった。
「ハル、無理に思いだそうとしちゃダメだよ」
ハルの背中をさするあたしに、やっと痛みが治まったハルが悲しそうに頷いた。
一方、あたしたちの言ってる事が理解できないお母さん。
「思い出す?…覚えてない?…どうゆう事?」
そんなお母さんに、ハルがはっきりと打ち明けた。
「記憶喪失なんです。俺。何も覚えてないんです。ハルっていう名前も、俺の名前じゃないんです」
口があんぐりなお母さん。
でも、しばらくしてから真剣な顔になった。
「本当なの?」
お願い、お母さん、信じて…
「はい」 「うん」
あたしとハルの声が重なる。
それを見たお母さんが、いつもの優しい顔で微笑んだ。
「事情は分かったわ」
それから一呼吸おいて、お母さんがあたしに言った。
「蘭、ハル君を、ちゃんと支えてあげるのよ?…一番辛いのは、ハル君なんだから」
「うん。必ず、ハルを見捨てない。寂しい思い、させない」
そう言ったあたしの頭を、お母さんの温かい手が撫でた。
良かった…分かってくれた。
ありがと、お母さん。