恋愛グロッキー
バスに乗って三時間ほど経った頃、車内がざわめきはじめた。

どうやらバス酔いした人間がいるらしい。

ご愁傷様。

正直それくらいの気持ちだった。

その車酔いをした人間が茂木さんと聞いて少し驚いた。

地震が来てもデスクに座り続け、雷が鳴っていても平気で傘をさし、火災警報が鳴り響いても電話を続けるようなこの男が、……バス酔い。

案外三叉神経が弱かったんだなと思いつつビールを口に運んだ時だ。


肩を掴まれた。

ものすごい力で。


「……?」


何が何だかわからず顔をあげると、不機嫌を形にしたような茂木さんの顔が、私を見下ろしていた。


「…ちなみに…」


呻くように言われた。


「お前のせいだからな…」


な、なにが。

疑問の答えもわからないままにバスの外まで引きずり出された。

とても大変なことに茂木さんのバス酔いはかなりのものらしく、これ以上バスに乗り続けるのは殺人行為に等しいとされた為、茂木さんは落ち付くまでしばらく高速のパーキングエリアで休む事になった。

落ち付いた頃ホテルにタクシーで向かうというプランが茂木さんだけに立てられる。

ああそうしたら昼の豪華懐石食べられないんだなこの人、と同情した時だ。


「付き添いはこいつにさせる」


爆弾発言だった。


「は!?」


私の抗議など聞こえなかったように、豪華懐石に眩んだ幹事は微笑んだ。

ここ幸いとばかりににこやかに頷く。


「わかりました。お願いします」


え!?

私に拒否権は!?

と叫ぼうとした時、再び肩を掴まれた。


もの凄い力で。


「お前が悪い」


きっぱりそう言われ、困惑する。

なんで。

私、なんにもしていないのに。

そのやりとりが聞こえなかったのか聞こえなかったことにしたのか定かではないが、私と茂木さんを残してバスは豪華懐石に行ってしまった。

ぐったりとする人の横で私は呆然とする。

なんだ。

なんでこんなはめに。

ぶつぶつ悪態をついていると「うるさい」と叱られた。


この野郎。

誰のせいで豪華懐石を逃がしたと思ってる。


いささか腹が立って文句を言ってやる。


「車酔いするんだったら薬飲むとか予防策立てるのが普通だと思いますけど」


完璧主義者のくせに詰めが甘いですよ。

そう言うと「いつもは酔わん」ときっぱりと言い返され、気に食わない。


「じゃあなんで今回は酔ったんですか。運転が下手でしたか」

「お前のせいだ」


またこれだ。
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