せ ん せ い
「なにニヤニヤしてるんですか」
あの日のことを思い出すと、無意識ににやけてしまうらしい。
先生にコーヒーを差し出され、わたしはようやく我に返る。
あれから暫くして父親の再就職先が見つかり、わたしは元の生活に戻ったけれど、毎日会っていた先生とはバイトをやめても会いたくて。
こうして保健室に通うこと数ヵ月。もう最初の白々しさなんて微塵も残らないほど、彼との距離は縮まった。……気がする。
もちろん、「好き」とかは言ったことはないけれど。先生と生徒にしては、親密な仲。今はそれだけで多分、満足。
……………多分。
「先生、今日は何時に帰るの?」
「今日は8時ですかね。遅くなります」
「じゃあ、終わるまで待ってる」
言うと、先生はいつの間にか火を点けていたタバコを小刻みに揺らしながら。
淡い笑みを浮かべて煙を吐き出した。
「じゃあ、それまで今日サボった分のお勉強しとくんですよ」
サイズの合っていない靴で、パタパタ音をたてながら近づいてきたかと思えば。
ポン、と頭に手が乗せられて、それはクシャクシャとわたしの髪を撫で回す。
……照れる。
たまに、そんなサラッとオトナを見せられると。
熱を感じる顔を逸らして、脈打つ心臓を思わず押さえる。
彼にとっては、わたしなんてまだまだ子供なんだ。
だから、自分に今の状況で満足だと、言い聞かせているだけ。それゆえの、"多分"。
どーせ、叶うことはない。
教師と、生徒。憧れの延長線だと思って、気持ちにブレーキをかけ続ける。
それが、子供のわたしの精一杯の背伸びだから。