せ ん せ い
自転車通勤の先生と、徒歩通学のわたし。
帰る方向も同じだから、しばしば一緒に歩いて帰る。
放課後適当に時間を潰し、先生の業務が終わった頃に、保健室で待ち合わせ。
それがいつもの流れだから、今日も図書室で言われた通り勉強をしたあと、わたしは保健室へ向かった。
時刻は、7時50分。
胸を踊らせながら、暗い廊下を軽い足取りで進む。
「今日はありがとう、才治」
その角を曲がれば保健室、というところで。
ピタリ、と。
軽い足取りを止めたのは、澄んだ女の人の声。
「また今度、家遊びにいくね」
「美貴の家の方が広いから、俺が行くよ」
「そう?じゃあ待ってる。電話してね」
「うん」
聞こえてきたのは、胸が痛くなるような会話。
曲がり角で息を潜めている間、思わず耳を塞ぎたくなった。
去っていくハイヒールの音は、きっと澄んだ声の彼女のもの。
"美貴"と呼ばれたその声には、聞き覚えがあった。
松本 美貴。うちの英語の先生だ。
可愛らしい外見とは裏腹に、仕草や表情など、大人の魅力に溢れた先生。
……まさか、先生は松本先生と?
お互い下の名前で呼び合い、家に行き来する関係。オマケに先生の口調は馴染みのないタメ口だった。
思考はどんどんネガティブな方向へ広がり、わたしはその場に立ち尽くす。
時計を見ると、8時は既に過ぎていた。だけど。
わたしは先生の顔を見ることは出来そうになくて。
重い足取りで、一人で帰宅した。