vivid
「言い忘れたことは、それだけか」

「ああ。いい加減アンタも休みなよ、ずっと起きてたんだろう?これから先、静かに眠れる夜なんて、あるかどうかもわからない」

 ひそめた声は窓が開いた頃から変わらない。しかしその中に何かを憂えるようなものを感じるのは気のせいだろうか。

 どうせ眠れやしないんだ、少し付きやってやろうかと俺は口を開いた。

「ひとつ訊いてもいいか」

「はて、アンタのこれまでの質問は一つどころの騒ぎじゃあなかった気もするけどねぇ」

「……面倒なら、このまま帰ってくれて構わない」

「冗談だよ。なんだい?」

「どうして"オオカミ"計画なんだ」

 黒の者以外を虐殺するという計画、そんな計画の名前が、なぜ"オオカミ"なのか。我ながら、くだらない疑問だとも思ったが一度口にだしものは、もう帰ってこない。

「"黒"は"オオカミ色"…」

 室内にあった足を外側に向けてキティは空を仰いだ。

 確か初めて会ったときにも、そんなことを言っていた気がする。

「ちょうど、この空みたいだ。星一つありゃあしない」

「また、はぐらかすつもりか」

「いやいや」

 首を緩く横に振って足を組み直す。

 口調は、まるで子どもに語って聞かせるかのように穏やかだった。

「"黒"は"強い"色なんだよ。どんな色と混ぜても必ず"黒"が食い潰しちまう。だから"オオカミ"色」

「どんな色でも…?例外は、ないのか?」

「自分で考えてごらんよ」

 言われるがままに考えたが答えと思われるものは、すぐに思い浮かんだ。

「………"白"」

 思ったままに呟けば、穏やかな表情をしたキティが俺を見た。

 眼差しが、あまりに優しい。

 一瞬だけ目を奪われたが耐えきれずに目を逸らす。

 どこか懐かしささえ感じた。

 まるで、死んだ母親が、よく俺に注いでくれたような、あたたかい眼差し。

「だから"白狩り"が起こったのかも知れないねぇ……」

「それは、どういう、」
「アタシは"黒"が、"オオカミ色"が嫌いだよ。大嫌いだ。アタシは食いつぶされたりなんかしない。"黒"なんて嫌だ。アタシはもっと、鮮やかに、」
「キティ」

 語調が変わった。あたたかかったはずの眼差しが空を向いた途端に恐ろしげなものになった。

 言いようのない不安に駆られキティの肩を揺すった。

 ハッしたような顔をしてから謝罪の言葉が紡がれる。
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