vivid
「覚えてない」

 一言、簡潔にそう答えるとイッシュは安心したような顔をして溜め息を吐いた。

 キティとイッシュに初めて会ったときにも"白狩り"の記憶はない、と言ったような気もするけど今思い返すと、その辺は曖昧にしか言ってなかった気もする。

 心配してくれたんだろうか。

 そう思うと少し嬉しかった。

「そうか…よかった。少し、羨ましい」

 なんて、思ったのも束の間。

 "羨ましい"……?

 イッシュのその一言に後ろめたさを忘れて思わず睨みつけてしまった。

「へぇ………"羨ましい"んだ?」

「……あ、」

 自分の失言に気づいたんだろう、イッシュはハッとしたような顔をした。少し待てば、すぐに謝罪の言葉が降ってくる。

 それでもオレは待てなかった。

「確かに記憶がないおかげでオレは苦しい思いをしないで済んだよ。でもオレは記憶がないせいで殺された両親の顔すら覚えてない。だから両親を想って泣くなんてこともできなかった。なあ、ホントに"羨ましい"?」

 イッシュの方がオレより遥かにツラい思いをしたはずだ。オレの身の上はイッシュほどツラいもんじゃなかった。でも、だからって羨まれるようなもんじゃない。

 どっちが"不幸"なのかなんて、天秤にかけて量るもんじゃない。

「……悪かった。俺は、また無神経なことを、」

「オレも、ごめん………また言い過ぎた」

「いや、」

 忘れかけていた後ろめたさが、ぶり返してきた。天秤にかけるつもりはないけど、どう考えたってイッシュに悪気はなかったんだ。ムキになったオレが悪い。

 やっぱりバツの悪そうな顔をし続けているイッシュにオレは手を差し出した。

「なんだよ、また仲直りの握手、するか?別に喧嘩したわけじゃないけどさ」

 冗談めかして笑えば前みたいに手が握り返された。

 前に握手したときは本当に冗談のつもりだったけど今回ばかりは握り返された手に安心した。

「旅、してたんだよな?」

「ああ、ブルーから一周ほどな」

「ええっ、一周!?じゃあオレと初めて会ったときには、もう二周目に入ってたってこと?」

「まあ、そうなるな」

「へぇ~、すっげぇ!今度さ、話きかしてよ」

「ああ、長い付き合いになりそうだしな」

 そうか、一周…世界一周してたのか。どうりで十代にしては貫禄があると思った。
< 74 / 100 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop