vivid
 何も喋らない、何もしない、そんな空気に耐えかねて、オレは空になっていたイッシュのコップに水を注いだ。中に入っていた氷がカランと澄んだ音をたてた。

「………悪い、重い話をした」

「なんで謝るんだよ、だって本当のことなんだろ?」

「ああ……事実だ」

「だったら謝ることなんか一個もない。ありがとう、イッシュ。"黒"イコール"危険"って意味が、よく解った」

「じゃ、ボウズも理解できたところで"危険"なオジサンからの自己紹介といこうじゃねぇか」

 少ししんみりした雰囲気の中、言葉を交わしていたオレとイッシュの間に明るい声が割って入ってくる。

 敢えてなんだかどうなんだかは解らないけど、なんとなく腹が立ったオレはオッサンを無視してオムライスの残されたイッシュの皿を指さした。

「イッシュ、これ残すの?勿体なくね?」

「そうだな、食べかけでよければ食べてくれて構わない」

「あ、まじ?んじゃ遠慮なく、」

「オイオイ、若いの二人、シカトかよ。年寄りの話は面倒でも聞くもんだ」

「いや、なんとなく」

「なんとなくで無視すんな!ったく、少なくとも向こう一年は一緒にやってかなきゃなんねえってのに、これじゃあ先が思いやられるよ」

 口調の割に怒っている様子もなく顔が笑っているオッサンを一瞥したあと、オレたちは顔を見合わせた。

 たぶん…っていうか絶対にイッシュも気づいてるだろうけど、オッサンは"黒"だ。オッサンの身の上話の内容よりけりで向こう一年間一緒に旅を~、なんて言ってられなくなるかもしれない。

 オレと同じようなことを考えているであろうイッシュは覚悟を決めたのか頷いて見せた。オレも続けて頷いてオッサンに向き直る。

「ごめん、オッサン。無視して」

「改めて話を聞こう、リグレイ」

「ハハッ、お前らホント仲いいのな」

 朗らかに笑ったかと思えば目がスッと細くなった。

 さっきも思ったけどオレはこの一瞬で変わるオッサンの空気が怖い。

 ふざけていたかと思えば急に真剣な顔をする、笑っていたかと思えば急に真顔になる。

 変化そのものより一瞬で変えられてしまうことの方が、怖い。

「最初に言っておく、」

 どちらかと言えばつり目気味の目元が更に鋭くなった。温厚そうな雰囲気は今となっては何処にもない。

「俺の話を聞いて、お前らは腹を立てるかもしれない、殺したい程に。特に色男の方はな」
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