密会は婚約指輪を外したあとで
「拓馬は、相手の気持ちを確かめたりしないの? 不安に、ならない?」
渚さんとは、言葉で確認しなくてもいいくらい信頼し合っているということ……?
覗き込んだ彼の表情は逆光でよくわからなかったけれど、私のことをじっと見下ろしているのは気配でわかった。
立ち止まった私の左肩に彼の手が置かれ、目の前が急に暗い影に覆われる。
柔らかく……触れてきたのは拓馬のくちびるだった。
私のくちびるに、強引ではなく静かに重なっている。
避けようと思えば、顔を背けることもできたのに。それをしなかった。
私はそれを、いつの間にか期待してしまっていたのだ。
くちびるが離れてからはただ無言で、私たちは何もなかったように取り繕い、歩き出す。
アパートの前に着いたとき、「おやすみ」と拓馬がつぶやいただけだった。
特にキスの意味を告げることはなく、彼は私に背を向け自分のマンションへ戻っていく。