密会は婚約指輪を外したあとで


「ごはん、おいしーね」


食卓テーブルで私の隣に座る一花ちゃんは、スプーンを握りしめ私へ同意を求めてくる。

彼女のつぶらで優しい目元は、パパ似だと思う。


「美味しいね。麻婆豆腐は辛くない?」

「うん、辛くないよ」


子ども用は別の鍋に作っていて、豆板醤は入れていないから、たぶん大丈夫のはず。

『幼児食』というレシピ本を見て作った卵スープやデザートも、一花ちゃんは残さず食べてくれている。

大人と同じ作り方だと、味付けが濃かったり脂肪分が多かったりして内臓に負担がかかる、と一馬さんに教えてもらっていた。


一馬さんが定時で上がれないときは、私が保育園まで迎えに行き、晩ご飯を一花ちゃんと二人で食べる。それがいつの間にか日課になっていた。

普段ならハルくんか拓馬の仕事。けれど最近は二人とも帰りが遅い。


早く一馬さんに新しい彼女が見つかって、一花ちゃんのママになってくれればいいのに。



「あっ! 拓馬おじたんだ」


一花ちゃんが急に叫ぶので、玄関のドアを振り返るが、そこには誰もいない。

よく見ると、彼女が指差していたのはテレビ画面。

ちょうどニュースの時間で、マイクを片手に持った拓馬が映し出されていた。

深い青色のポロシャツを着て、ラフな格好だ。
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